第46話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(12)

 その向坂さきさか先輩はなかなか現れない。

 晶菜あきな夏子なつこ以外の部長派では郷司ごうじ先輩が最初に来た。反部長派の久喜くき先輩と遠山とおやま先輩のところに行って「引き継ぎ」をする。郷司先輩は部長派だけど、反部長派の久喜先輩や遠山先輩とは普通に話をしている。

 そのあとに来たのが唐崎からさきだった。「げっ!」と思ったけれど、大山おおやま蒼子そうこ先輩がいっしょで、ずっと二人でしゃべってくれていたので助かる。マーチングが中止になると確信しているからか、大声で話すことはあっても、どなりちらすようなことはない。

 バスドラム首席の山鹿やまが先輩が来て、一人で澄まして座っていたが、だれも声をかけない。ときどき郷司先輩が話しかけるけど、郷司先輩もずっと山鹿先輩の相手をしているわけにもいかない。山鹿先輩にとっては居心地のいい部活ではないな、と思う。

 トロンボーンの若林わかばやし理由りゆ先輩も来て、入り口に近いところに座る。その横に同じトロンボーンの大林おおばやし千鶴ちづるが行って、何か話している。蛍光灯の照明のせいかもしれないが、若林先輩は顔色が悪く見える。

 そこに、体じゅうの血色がよい大きい子と、顔立ちはその子ほど派手ではないがやはりスタイルのいい子が来て、その大林千鶴と若林先輩の近くに席を取る。二人とも雨に濡れた細長いケースを持っている。持っている、というより、持て余している。たぶん、この二人がトロンボーンの一年生なのだろう。

 小森こもり先輩は集合時間の十分ほど前に来た。でも、カラーガードのどの子のところにも行かず、遠山先輩の近くにいたメンバーのところに直行して、何か話している。この話しかけられた子は二年生だろうと思う。

 いいけど。

 でも、小森先輩も、もう少し、自分がカラーガードのメンバーに受け入れられる努力って、してほしいんだよね。

 そして、集合時間ぎりぎりになって、やっと向坂先輩と宮下みやした副部長が来た。

 しかも、二人とも私服だ。

 公式フォーラムに「制服を着て来てください」とあったのに!

 先輩はベージュの開襟かいきんシャツだ。色は前に着ていたベージュのポロシャツより地味だ。穿いているのも同じ色のキュロットスカートで、あのときのキュロットよりも女らしさが強調されている。そのかわりこれではキュロットがつぼみのようには見えない。

 宮下先輩は清楚な感じのワンピースだ。生地は白がベースで、細かい柄が入ったプリント地だ。

 向坂先輩が、その宮下先輩のワンピースの背中のボタンを留めている情景がふと頭に浮かぶ。

 もちろん、場所はあの2703室だ。

 腰のリボンを結ぶのもやったかも知れない。

 宮下先輩の腰の後ろに、膝をついて……。

 全面ガラスの窓の外は雨に煙っていて、何も見えない。ただ打ちつける雨が次々にガラスに波紋を作り、流れて行く。エアコンの音よりも、その雨が窓を打つ音のほうがバックグラウンドに大きく響いている。

 ……この情景を晶菜のところに届けたくれたのも、神様だろうか?

 もちろん晶菜の想像だけど、嘘ではない、という確信があった。神様が届けてくださったものを嘘あつかいすることはできない。

 宮下先輩は、昨日からいたのか、今朝になって来たのか。

 2703に。

 二人は、あのスイートルームに二人でいて、そこからここに来たのだ。

 しかし。

 それは楽しい時間だったのか?

 宮下先輩はいつもどおり「いい子」な顔で微笑している。

 でも、向坂先輩は、どこか疲れているようで、元気がない。

 せっかく、向坂先輩の望みがかなって、マーチングが中止になりそうなのに?

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