第45話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(11)

 そして、次の日。

 起きてみると、外は大雨だ。

 それも昨日は考えてもみなかった大雨だ。天気予報が「激しい雨」とか「大豪雨」と言うのをマスコミらしい誇張と思ってはいけない、と感じたくらいだ。

 雷の音は聞こえていない。でも、昨日の、「一分立っていれば回復不能」の十倍ぐらいの激しさには違いない。一分も傘をささずにいれば、服を着ていても意味がないくらいにぐしょ濡れになるだろう。いや、服が水を吸うぶん、より悪いかも知れない。

 あの雨で、傘をさしていたのに、上半身まで濡れて下が透けていた大林おおばやし千鶴ちづるは、この雨だとどうなるだろう?

 それを想像して、晶菜あきなは短く笑った。

 公式フォーラムには「マーチングの有無にかかわらず、〇時(一二時)には箕部みのべの集合場所に集合してください」という郷司ごうじ先輩の書き込みがあり、地図もついていた。学校行事なので、学校には行かないけど制服を着て来てください、ともあった。

 一宮いちのみや夏子なつこと待ち合わせて小走りで駅まで行く。もともと早めに出ることにしていたが、悪天候で電車が遅れる、という可能性もあったので、さらに時刻を早めた。

 海岸を走る電車で、悪天候に弱い。雨には負ける、風にも負ける、雪には確実に負ける。夏の暑さにはどうか知らないが台風の高潮には負ける。沿線のどこかで天気が悪くなると、止まったり、速度を落として運転したりということがよくある。余裕を見たつもりでも遅れてしまう、ということもあり得る。

 もっとも、学校の授業は、電車が遅れると、授業時間自体が繰り下げになったり、遅刻しても遅刻がつかなかったりするので、わざと遅れて行くこともあったけど。でも、今日はそういうことはしたくない。

 駅まで走ってもずいぶん濡れた。ただ、本番があるとしても、本番ではユニフォームに着替える。靴まで替えることになっている。ずぶ濡れでマーチングしなければならないことにはならない。

 それに、この天候だと、たぶんマーチングは中止だ。

 神様は一年生に試練を与えるほうを選んだ、または、一〇万七八〇〇円払ったほうを選んだらしい。

 または、唐崎からさきを慢心させて破滅させよう、というお心なのだろうか?

 早めに出ただけあって、晶菜と夏子は集合場所に到着した最初のグループに入っていた。

 同じ電車で来たグループに大林千鶴もいたけれど、今日はぜんぜん濡れていない。雨はおとといより激しいのに、いったいどうなっているのだろう?

 その集合場所というのは、城跡しろあと大通りに面していて、スーパーが撤退した跡だという大きいスペースだった。

 この広い空間が瑞城フライングバーズの「控え室」だという。もしマーチングが決行されれば、マーチングはこの場所の前を通過することになる。

 パイプ椅子と、それに見合う数の会議室机が並べてある。ホワイトボードも設置してあった。もともとエアコンが古いうえに、スーパーが撤退したときに一部を撤去したということで、あまり冷えないので申しわけない、と、お祭りの本部のスタッフから説明があった。

 場所は広いけれど、表は大きい分厚い合板ごうはんの板が何枚も打ちつけてある。たぶんスーパーとして使っていたときにはここが通りに面した表側で、全面がガラスだったのだろう。ガラスをはずして合板の板をはめたのだ。

 窓はその合板の板の上に通風のための窓があるだけで、すりガラスなので外は見えない。ほかにも同じような窓はあるが、隣のビルがすぐに接しているからか、明かりさえ入らない。エアコンを使うからだろう、どの窓も閉まっている。

 最初に来たメンバーではっきりした部長派は晶菜だけだった。夏子も、郷司ごうじ先輩と晶菜で引き込んだから部長派ということになっているけれど、本人にはその自覚はない。

 三年生は、反部長派、それも強硬派の遠山とおやま先輩と久喜くき先輩だけだった。そこで、その二人の先輩と、晶菜と大林千鶴が代表になって、本部のスタッフから話を聴く。

 この部屋は自由に使っていい。音出しもしてもよい。ただし、上の階の会議室は別の団体が使うので、そこで話ができないほどの大きな音出しはやめてほしい。一時前に人数分のお弁当が届く。お弁当を捨てる用意はしていない。お祭りで食品をむだにしたというと非難されるので、たとえ一人で二つや三つ食べることになっても、消費期限までにぜんぶ食べるように。二時を過ぎたら、出発地点に近いスペースに移動して、五時のマーチング出発を待つ。二時までに、マーチングを開催するかどうかを決定して通知する。そんな話だった。

 昨日、トラックに積んで搬出した楽器はその「出発地点に近いスペース」に着くということなので、パーカッションや低音の楽器はここにはない。カラーガードのポンポンもそちらに届くはずで、ここにはない。だいたい、ここは会議室机が置いてあるので、カラーガードが体を動かして練習する余裕はない。

 あのカラーガードの一年生三人組は三人でまとまって来た。来てすぐ、大林千鶴が

「一回やってみようか」

と言って、手で指揮をして歌を合わせる。「心が洗われるような歌声」とはこういう声だろう。ここに来ているほとんどのメンバーは初めて聴くはずだ。場所がないので、振りはついていない。

 何度か歌ってみさせたあと、大林千鶴は、

「じゃあ、あと、練習は本番出発前の一回だけ。若いからだいじょうぶだと思うけど、このあと大声出したりすると声がつぶれるからね。あんまり大きい声を出さないように注意して」

と言って解散させた。

 慣れた指揮ぶりや注意の与えかたを見ると、この大林千鶴は音楽系の部活動には慣れているようだ。

 こういう子が向坂さきさか先輩を支えてくれれば、と思う。

 同時に、こんな子がいれば、向坂先輩は晶菜のことなんか相手にしなくなるかも、とも思う。いまでさえ、晶菜は郷司先輩の「子分」、せいぜい「妹分」のような位置づけだ。もっと役立つ子が来たら、逆転されるだろう。

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