第44話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(10)

 唐崎からさきの都合を考えれば、中止がいちばんいい。まじめに練習していないうえに、「古代エジプト流雨乞あまごい」を見つけてきた自分の手柄になる。いばるのが大好きな唐崎にとってはとても都合がいい。その日から

「だから言ったじゃないかよぉ。あたしが雨乞いしたんだぜ。それなのに本番があるなんて言って練習なんかさせやがって!」

といばり散らすことができる。

 向坂さきさか先輩の都合を考えても、やっぱり中止だ。小森こもり先輩も同じだろう。

 カラーガードの演技をぎりぎりまで調整したけれど、練習不足で、本番できちんと演技できる可能性は低い。去年からの経験者の椎名いしなひとみ先輩や富貴恵ふきえさんたちはできるのかも知れないが、大多数のメンバーには難しい。

 そんなマーチングは見せられないと思うからこそ、向坂先輩はぎりぎりまで生徒会が一言でも「参加辞退を認める」と言ってくれることに望みをつないだのだ。でも、晶菜あきなが二年生の役員に会って話をしても、「認める」ということばは一度も出なかったのだから、この可能性も消えた。

 あとは、雨がこのマーチングを中止してくれることだけが、向坂先輩の望みだ。

 晶菜も、学校での練習には出ていないけれど、近所に住む一宮いちのみや夏子なつことは演技のおさらいをして、最初から最後まで通しで演技できるようにはした。しかし、それは夏子の家の裏庭で、蚊に刺されるのを気にしながら、行進せずに音楽に合わせてみただけで、「最後までできるようになった」と確認しただけだ。そのあとも、水曜日、木曜日、そして今日と、曲の音源を聴きながら、それぞれ十回ぐらい、頭のなかで「ここはこの演技、次はこの演技」と思い出してみた。でも、それが本番での成功につながるかというと……?

 「覚束おぼつかない」という表現がぴったりだろう。

 では、晶菜は、城まつりのマーチングが中止になることを願っているだろうか?

 大林おおばやし千鶴ちづるは、カラーガードの一年生たちのがんばりを見たあとで

「中止はなしだよ、だって一年生ここまでがんばってるんだから」

と言った。

 そうだ。

 あの一年生三人は、アイドル研に連れて行かれ、ほんの数時間とはいえ、強烈なしごきを受けて英語の歌が歌えるようになった。それも、あのときの西島にしじまももさんの指導からすると、本格的に英語の発音まで直されたのだ。

 それだけではない。上級生全員を含むカラーガード全体がごく初歩的な演技しかしないのに、この三人は、その歌を歌っているあいだだけとはいえ、体を目いっぱい動かして演技していた。

 アメンという名かどうかは知らないけれど、雨を降らすのも、雨を止ますのも神様なのなら、どちらの願いにこたえてくださるだろう?

 神様が、人間の熱意を喜び、怠惰たいだな人間を嫌うとしたら、もちろん、一年生たちの願いを聞き届けてくれるだろう。

 神様のためにいくら払ったかを問題にするなら、わからない。向坂先輩は、雨乞あまごいの儀式に、一〇万七八〇〇円を、たぶん自腹で払った。でも、そのおカネは神様のところには届かないだろう。しかも、アイドル研はあの三人の練習のためにもっと支払っているかも知れない。もしかすると、神様はそのほうを喜ぶかも知れない。

 しかし、「三人の一年生がこの程度の努力で満足しては困る」と試練を与えたいならば、神様はやっぱり雨を降らすだろう。

 神様がどういう判断をするのか、晶菜にはわからない。

 それなら科学で天気予報をしたほうがまだ天気の予想は立てやすい。

 神様……。

 神様、って?

 晶菜は、おばあちゃんが毎朝毎晩お経を唱えている家に生まれた。町内会の子供会では駅前の御子みこ神社の境内の掃除を月に一度やって来た。だから、神様仏様の存在はあたりまえのように感じてきた。

 でも、同時に、自分で信じてきたかというと、少なくとも「信仰」と言えるところまでは信仰していないと思う。

 だから、わからない。

 神様って何だろう?

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