第42話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(8)

 「なにこの完成度?」

 郷司ごうじ先輩が千鶴ちづるに言う。

 声の抑揚はバカにしているようだけど、表現したいのはその逆の気もちだろう。

 「いや、なんか、アイドル研本体でもやらないくらいの超特訓シフトしいてくれたみたいで」

 大林おおばやし千鶴がかわいく笑う。

 「昨日の放課後から、アメリカで暮らした経験のある元アイドルの指導で英語も歌も振りもみっちり、って感じだったそうです。歌詞の意味も解説してもらって、一年生三人、なんか怖い、とか言い出したらしくて」

 そんな怖い歌詞なのだろうか?

 それに、それをうきうきと語る大林千鶴って何者?

 「で。うん、でもそれがアメリカの正義だよ、みたいなはなしして。そんなので英語の発音もやって、それで、昨日の夕方から、夜八時ぐらいまでの特訓で、あの仕上がり」

 驚くべき集中度だ。

 しかし……。

 「あの、それって」

 悪い思い出が頭をよぎったので、晶菜あきながきく。

 「すごく代金を取られたりしない?」

 つまりよぎったのは一〇万七八〇〇円の悪夢だ。

 「ないと思うよ」

 大林千鶴がとても軽く返事する。

 「つまり、アイドル研のトレーニングのモデル作りの実験だったわけ。だから、かかったとしてもスタジオ代だけ、それもたぶんアイドル研持ちだから」

 またかわいく笑う。

 ほんと、この子、「永遠の少女」って感じだな……。

 「アイドル研、広告取ったり、ギヴアンドテイクの協定結んだりして、いろいろ収入源確保してるから、そういうところは心配しなくていいと思う」

 つまり、協定結んだりしていなければ、やっぱり取られたのかも知れない。

 だったら、アイドル研に雨乞あまごいを頼めばよかった、と、晶菜は思った。

 「でも」

と、郷司先輩が空を見上げる。

 薄暗い空から、雨はいまも強く打ち続けている。

 「今日の雨は厳しいね」

 言った相手は、大林千鶴か、晶菜か。

 「ま」

と大林千鶴が話を合わす。

 郷司先輩が何を言いたいか、千鶴はわかっているようだ。

 「楽器は練習場所確保してるからまだいいんですけどね」

 「カラーガードは昨日一回合わせただけだから」

 しかも、晶菜はその練習にも出てない。

 「わかるよね、晶菜」

 郷司先輩が話す相手を変え、晶菜を見て強く言う。

 いまはあいだに大林千鶴がいるのだけど。

 「何がですか?」

 「わたしたち」

と、郷司先輩はしっかりした声で言う。

 「瑞城ずいじょうフライングバーズ」

と「わたしたち」の内容を言い直す。

 「六月のあれから一度も全体で合わせないで、土曜日、本番」

 「六月のあれ」とは、顧問が学校を辞めたくなるくらいに崩壊していた全体合同練習のことだ。

 「はあ」

 つまり、崩壊した練習しか経験しないで、ぶっつけ本番というわけだ。

 やっぱりアイドル研に収入源提供して協定結んででも雨乞いしてもらうべきだろうか!

 「しかも」

 大林千鶴がとても嬉しそうに言う。

 「中止はなしだよ、だって一年生ここまでがんばってるんだから」

 「それはそうだ」

 晶菜はとても普通に返事をしたのだが。

 ……首筋から背中にかけて冷たいものが走って、凍りついていた。

 梅雨どきの雨なんかよりも、もっと冷たいものが。

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