第41話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(7)

 前列の少し後ろ、向かって右側に離れて立っている大林おおばやし千鶴ちづるが、声を上げる。

 「これで五十七秒なんですけど、郷司ごうじ先輩、いいですか?」

 郷司先輩が、すかさず

晶菜あきな、いい?」

 ……なぜ晶菜に振るのだろう?

 「いいと思いますけど?」

 「いや、つまり」

 雨のなかで話す大林千鶴は、自然と声が大きくなるらしい。

 それと……。

 傘さしてるくせに上半身濡れてて、けっこう透けてるよ!

 明らかに傘を体の上からはずれして演技していた一年生たちよりも、なぜこの子のほうが濡れるのだろう?

 よくわからない……。

 その大濡れの大林千鶴が言う。

 「これが入るあいだ、マーチングが停まるんで、その、五十七秒、みんな休めるんですけど、そのかわり、五十七秒マイナスした時間でゴールに到達しないといけないわけです」

 その話はこの前もしていたな。

 「去年のビデオ見て修正してる時間はないんで」

 郷司先輩も声を大きくする。

 「大林、去年もおんなじ曲でマーチングしたよね?」

 「はい」

 模範生的な答えだ。

 ずぶ濡れの模範生。

 ……何かずれているような?

 「そのときの体感から言って、どう?」

 「体感」でわかるのだろうか?

 「去年はゴール前で後ろ向いてワンコーラス演奏してから退場で、それでも余裕あったので、去年のペースだとじゅうぶんなんですけど」

 「けど」。

 けど、何だろう?

 大林千鶴が続ける。

 「今年のペース、去年より遅いと思うんですけど」

 郷司先輩が眉を寄せて唇をむ。

 「それは、向坂に言っとく」

 千鶴は、きく方向を、ももさんに変えた。

 「で、桃さん、もう一回やりますか?」

 「うーん」

 桃さんが言う。

 「ほんとはもうひとまわりやって確認したいけど、この雨だし、いいんじゃない?」

 「はい、じゃ解散」

 その千鶴の声とともに、一年生三人は傘の柄を短く持ってきゃっきゃっきゃっと走ってきた。

 声を立てているわけではないが、「きゃっきゃっきゃっ」という表現が似合っている。

 われ先に、ではなく、ちゃんと席次順に、向かって左の子、右の子、後ろにいた甘い声の一年生という順で、階段の屋根のあるところに入ってくる。ちゃんと靴を脱いで履き替えた。

 傘の先から水を垂らしたあと、桃さんといっしょにもう少し内側まで移動する。

 さっそく指導が始まる。

 「みんな、その、「ウ」はちゃんと口をすぼめてしっかり、っていうのは守れてると思った。とくに「トゥルース」とか「ハレルヤ」とかは目立つから、個人差でばらばらにならないようにね。あと、thの発音だけど」

 英語の発音指導……。

 英語の授業ではここまでやらないな。

 一年生たちが熱心に桃さんの指導を受けているところに、ようやく大林千鶴が戻ってきた。

 濡れることを気にしないから濡れるんだな、と晶菜は推察する。

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