第39話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(5)

 「こんな位置でいいですか?」

 雨の降りしきる屋上のコンクリートの上から、大林おおばやし千鶴ちづるが声をかける。

 声がボーイッシュだ。声の力がちゃんと伝わって来る。

 それとも、これがトロンボーン奏者らしい声なのか?

 「えっと、マーチングのストップの時点で、隊形、これ?」

 ももさんが郷司ごうじ先輩にきく。「ストップの時点」というのは、この曲が始まる直前、マーチングを止めるときのことだろう。

 「あ」

 こんどは郷司先輩が虚を突かれたらしい。

 「まだ決めてないんだよね、どういう隊形で進んでくるか」

 それはまずい事態だと思うが。

 小森こもり先輩が首席ではしようがないな、とも思う。

 三年で、部長の向坂さきさか先輩と関係が近いというだけで首席になった。体を動かすのが得意とはいえず、人を動かすのはそれにもまして不得意という先輩だ。それで郡頭こうずまちの言いなりになっているのだけど、まち子もカラーガード全体がどういう隊形がいいか、なんてことは考えない。

 それで隊形さえ決まらない。

 晶菜あきな自身は、さめ皓子てるこの後ろ、一宮いちのみや夏子なつこの左と決まっている。その場所さえ保てればいい。

 「えっと」

と、三人の一年生のなかで、青い傘をさした子が言う。

 「普段は、わたしが前列右、安美児あみるが前列左で、純礼すみれが後ろ中央って配置ですけど」

 あ。

 上層部が何も決めてないのに、ちゃんとしてるんだ。

 桃さんが言う。

 「いや。定位置を言ってるんじゃなくて、歌い始めるとき、その位置でちゃんと止まる?」

 「あ、それは止まる」

と言ったのは郷司先輩だ。

 「定位置から動きながらマーチングとか、そんな複雑なプラン考えてる余裕なかったから」

 「オッケー」

 桃さんが軽く反応する。

 でもこれを「軽い」と考えてはいけないんだろうな、ということもわかる。

 桃さんが一年生たちに呼びかけた。

 「じゃ、雨の日に傘持ってるバージョンでやってみよう!」

 前二人がとまどう。後ろの、小さい一年生が

「そんなの練習してませんよー」

とのどかな声を立てた。

 「そんなのは言いわけにならないよ」

 桃さんは厳しい。でも、その言いかたは甘い。

 ほんと、アイドルやってるとこうなるんだなぁ。

 「じゃ、わたしのカウントで」

と言ったのは大林千鶴だ。いいですか、と桃さんのほうを見る。

 桃さんは、うん、とうなずいた。

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