第36話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(2)

 その郷司ごうじ先輩が晶菜あきなを連れて行ったのは高校北校舎の屋上だった。

 雨が降っていないのなら、わかる。昼休みにここでお弁当を食べたり、遊んだりする子はそこそこの人数いる。

 しかし、「滝のような」とは言わないけど、一分ぐらい立っていたら回復不能なくらいにずぶ濡れになる雨なのに、屋上とは。

 回復不能とは、濡れた制服が下校時刻までに乾かない、という意味だ。

 郷司先輩と晶菜は、屋上に出る階段の建物の軒下の狭いスペースに並んで立つ。

 今日のは、確実に密談だろう。

 だれもここに来るはずはない。実際に、だれもいない。

 郡頭こうずまちぐらいは執念で来るかも知れないけど、すぐに見つかってしまう。踊り場で隠れていたらこちらからは見えないけど、そこではこちらの声も聴き取れない。

 「で」

 郷司先輩がきく。

 「昨日、二年生の役員に会ってきたの?」

 やっぱりその話か。

 向坂さきさか先輩に言われたとおり、二年生の生徒会役員に会って来たか、ということだ。

 「会って来ました」

 「どうだった?」

 「ひさしぶりに会えて、楽しかったです」

 「いや、そうじゃなくて」

と郷司先輩は言いかけ、言う内容を変更する。

 「楽しかったか」

 「はい」

 晶菜は何のためらいもなく「はい」と答えた。

 それは一点の曇りもない事実だ。

 「で」

と郷司先輩は晶菜の顔を見た。

 「向坂の願いは実現しそう?」

 「無理です」

 断言する。

 「それよりは、まだこの前の雨乞あまごいに頼ったほうがましなくらい」

 晶菜は郷司先輩のほうは振り向かないで説明する。

 「梅雨ですし、雨は降るかも知れませんが、梅雨でも、生徒会役員が出場辞退を認めるなんて口走ったりはしません」

 郷司先輩は笑った。

 「役員一人にでも、辞退を認める、って口走らせて、それを口実に、っていうのがもともとむちゃなんだ」

 その笑いを半分くらい消す。

 ため息をつく。

 「向坂って、追い詰められるとこうなるんだな、って思った」

 晶菜を横目で見る。

 「それやるんだったら、敵前逃亡しても大差なかった」

 敵前逃亡とは無断で参加しないことをいうらしい。

 「でもそれはできない。それだと自分の責任になる。向坂、だれかに責任を押しつけられないとダメなんだよね」

 晶菜は黙っている。

 郷司先輩が続ける。

 「天気はだれの責任にもならないからね。だれの手柄にもならないけど」

 言って、笑いを復活させる。

 「予報、土曜日、いちおう雨だしね」

 そういえば、世のなかには天気予報というのがあった。

 雨乞いをして以来、天気予報でイベント当日の天気を確かめる、というようなことも晶菜はやっていなかった。

 神様は降らせてくださるのか、降らせてくださらないのか?

 そればかり気にしていた。科学の力でそれを確かめようとは思わなかった。

 「昨日さ」

 郷司先輩が短く息をつく。

 「唐崎からさきが、ずっと、土曜日雨降るのにどうして練習なんかするんだ、ってずっと繰り返してて、ほんとうっとうしかった」

 どうせ、あの中途半端な江戸弁で「土曜日雨降んのにどうして練習なんかすんだよ、むだじゃねぇかよ!」とか繰り返したのだろう。

 「雨より唐崎がうっとうしいなんて」

 晶菜が笑うと、先輩も、ふん、と鼻を鳴らして笑った。

 「あと十万追加してもいいから唐崎を消してほしい」

 祈祷きとう料を、ということだろう。

 「同感です」

 ひどい話をしている。

 それに、カネを払うからだれかを消してほしいというのは、神様への雨乞いではなくて殺し屋への依頼だろう。

 ハードボイルドな世界だ。

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