第33話 2703(11)

 向坂さきさか先輩は眉を寄せた。

 ゆっくりと、きく。

 「どうして?」

 「みんながモノトーンに見えて区別がつかないし、どう動くかも予想がつかないから、ゴミとか粒子とか、そんなのに見えるんです。パレードなら人目につきますし、動きも一方向でまとまってますから、そういうものには見えないと思いますが?」

 先輩の顔を斜めに見上げる。

 先輩はさっきよりもいら立っている。

 「どうしよう?」

 眉を寄せる。さらに唇をぎゅっと結んでいる。

 あの明るい色の唇を。

 その「ぎゅっと結ぶ」力に抵抗して、先輩はことばを出す。

 「朱理あかりは信用できなくても、史美ふみも信用できなくても、まちが裏切り者でも、黒板くろいた名和なわ杉原すぎはらが裏切っても、晶菜あきなだけは信じてる、晶菜だけはたった一人の味方だよ、って言おうと思ってた」

 これが向坂先輩から晶菜への「死の宣告」なのだろう。

 「でもどうしよう晶菜」

 眉を寄せたまま、先輩は目を細める。

 「わたしには言えないよ。晶菜がたった一人だって。どうしよう晶菜? 晶菜がたった一人だって、わたし晶菜に言えない。晶菜が……晶菜がたった一人なのに……」

 先輩のことばに、いら立ちが募っていく。

 どうしよう? 晶菜。

 郡頭まち子の信用できなさは別次元としよう。黒板先輩や名和先輩や杉原先輩のこともわからない。

 でも、宮下みやした副部長と郷司ごうじ先輩は信用できなくて、晶菜だけは信用できる、なんてことがあるだろうか?

 宮下副部長が、向坂先輩の聞きたいことしか言わないからと、晶菜は郷司先輩に言われて、ここに来た。

 でも、宮下副部長の言うことは信じなくていいと先輩は思っているだろうか?

 そんなことはない。

 向坂先輩に甘いことばをささやく宮下副部長と、甘くないことばを言う郷司先輩や晶菜と、その両方を向坂先輩は必要としている。

 たぶん、郷司先輩一人ではダメで、晶菜が別に必要なのだ。

 だから、宮下先輩と郷司先輩と晶菜と、三人とも必要だ。

 それは、わかっているはずだ。

 宮下副部長も、郷司先輩も、晶菜も。

 それと同じくらいに、向坂先輩自身も。

 でも、問題は「必要かどうか」ではない。

 晶菜は試してみることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る