第32話 2703(10)

 向坂さきさか先輩は立ち上がった。

 スイートルームのガラス張りの窓際に立つ。

 ふと、向坂先輩は、このガラスを通り越して二七階からダイブしたいのか、と思う。

 もちろん、このガラス張りの窓は開かないから、そんなことはできないのだけど。

 「来て」

 そう言われるのを待ってから、晶菜あきなは窓辺に行く。

 高いところが苦手でもない晶菜でも、足はすくんだ。

 箕部みのべ駅のペデストリアンデッキが、目の下に見える。

 ペデストリアンデッキを行き交う数多くの人たち、ペデストリアンデッキの下を走る自動車、箕部駅……。

 ペデストリアンデッキのまわりのいくつものビル……高いピルも低いビルも、古い建物も新しい建物もある。

 夕方だけど、日射しはまだ昼の日射しのはずだ。

 そのガラスがくすみガラスだから、その真昼の日射しという感覚は減殺げんさいされていて、時間帯不明の暗さが視界を覆っている。

 「もし出場辞退がうまく行かなかったら、わたしたちはここをパレードしないといけないんだよ」

 「はい」

 このペデストリアンデッキのところはそのパレードのゴールになっていたと思うけど。

 「ねえ」

と、向坂先輩は晶菜の顔を見た。

 「ここから見て、下を歩く人がゴミのようだ、って思う?」

 何その映画みたいなせりふ?

 「ゴミの種類にもよりますが、そうですね」

 晶菜は考える。

 「でも、ゴミではないですね」

 思わぬことを言われたというように、向坂先輩が振り向く。

 「じゃあ、何なの?」

 「何か、理科実験で観察している粒子の動きとか。乱雑に動いているように見えて、法則があるのかないのか。そんな感じの」

 「意外と普通だね、考えることが」

 向坂先輩は言った。

 普通なのか、その発想って。

 先輩が続ける。

 「ここでパレードして、ゴミの一部になる」

 そのピンクの唇を、向坂先輩は軽くかみしめる。

 「ここでパレードして、その乱雑な粒子の一つになる。どっちがいい?」

 向坂先輩は、斜めに晶菜を見て微笑した。

 心からの笑いではない。いまは、郡頭こうずまちの笑い以上に、心からの笑いではないと思う。

 刃向はむかう。

 「パレードだったら、どっちにもならないと思いますけど?」

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