第30話 2703(8)

 「困るんだよね」

 向坂さきさか先輩がすかさず言う。

 何を他人ごとみたいに、と晶菜あきなは反発するだろう。

 相手が向坂先輩でなければ、だ。

 「郡頭こうずまちの言うことはともかく」

 「カラーガードはブラスバンドの中心」とか、そういうことだろう。

 「目立つんだよね。音は、音楽がわかるひとが聴かないとわからないけど、カラーガードのダメな演技はだれが見ても一発でばれる」

 それは、そうだろう。

 これは、きくべきかどうか。晶菜は迷う。

 晶菜に言われると向坂先輩が不愉快なのはわかる。

 でも、雨乞あまごいも効かない、カラーガードの演技も成功しない、ということならば、方法は一つしかないはずだ。

 「じゃあやっぱり辞退しかないわけですよね。生徒会や顧問は、ほんとうに動いてくれないんですか?」

 向坂先輩はすぐに反応した。

 「新しい顧問はさ」

 グラスを取って、少しだけその果肉たっぷりのキウイジュースを飲む。

 「生徒会がOKすればOKって。でも、上部かんべ先生みたいに生徒会に圧力かけてはくれないし」

 いや。

 生徒会にいたころ、この上部先生がたびたび生徒会にうるさく注文をつけてくるのに、向坂先輩も晶菜もうんざりしていたはずだ。

 郷司ごうじ先輩なんか何度も怒り狂っていた。

 立場が変わると「圧力かけてくれない」ということになるのか。

 わかることはわかるけど、立場で感じかたが変わりすぎではないかと思う。

 でも、それは言わない。

 「じゃ、生徒会は? それは、斎藤さいとう先輩はああいう人だから、きかないでしょうけど」

 いまの生徒会長の斎藤由子ゆうこ先輩は、晶菜が生徒会にいたころから、決まったことは曲げない、譲らないという先輩だった。

 でも、生徒会のなかには、向坂先輩を支持しているメンバーが何人もいた。過半数の絶対多数ではなかったけど、グループとしては向坂先輩のグループがいちばん大きかったと思う。結束力も強かった。

 そのなかには、向坂先輩の「コレクション」に入ってるメンバーもいた。

 向坂先輩が、また、とん、とグラスを置いた。

 「黒板くろいたが裏切った」

 黒板順子じゅんこ先輩はそのうちの一人だった。

 向坂先輩の「コレクション」のなかでもお気に入りの一人だ。

 向坂先輩の美しい唇が醜くゆがむ。

 「杉原すぎはらが学校来なくなったのは知ってる?」

 「はい」

 杉原すすきという去年の二年生だ。先輩で、体も大きいのに、かわいらしい。サービス精神があり、いつも早く来て生徒会室の掃除をしていた。人を笑わすのが大好きな先輩で、向坂先輩ともよく楽しそうに話をしていた。

 ただ、たしかにメンタル弱めではかなげなところがあった。だれも気にしない細かいことを、この先輩だけがいつまでも気にする、ということが何度もあった。

 「すすき」という名まえを気にしてそんな繊細せんさいすぎる子に育ったのだろうか。

 わからないけれど、「すすき」という名の由来は聞いたことがある。

 お姉さんがあやめという名で、それは初夏の風流な花なので、ではそれに対応する秋の風流なアイテムは、ということで「すすき」に決まったのだそうだ。

 もともとスキー部から体育関係の委員として来た先輩で、生徒会役員になってからもスキー部は続けていた。なぜスキー部なのかについて、自分で

「すだからー」

と言ってみんなを笑わせていた。

 だから、体力はあったはずだ。

 斎藤由子先輩が会長になるという話はほぼ決まっていた。そして、副会長は、宮下みやした先輩でなければ杉原先輩という話になっていたはずだ。

 思い出して、考えて、晶菜は言う。

 「たしかに不安定そうなところ、ありましたもんね」

 「黒板は、それがわたしのせいだと思ってしまったらしくてね」

 大きくため息をつく。

 「あとは、朱理あかり大好きだった名和なわかつら」

 髪が長くて、肌の色が濃くて、鼻筋が通っていて、会議のときにはいつも不満そうな顔をして黙って座っていた先輩だ。

 上部かんべ先生がうるさく何かを言ってきたとき、その上部先生の言いぶんを擁護したことが何度かあった。フライングバーズの前の部長の悪口を言っていたこともある。

 でも、宮下先輩が好きだとは、ぜんぜん気づかなかった。

 「わたしが朱理をこの部に引き抜いたと思ったらしくて、うらんでるね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る