第26話 2703(4)

 「英語部の広報担当の子に聞いたんだ」

 ここで、先輩は、組んでいた足を崩した。膝の上にひじをつき、晶菜あきなへと身を乗り出した。

 でも、ひとつ息をついただけで、体をとう椅子の背に戻す。

 「郡頭こうずまちが三月まで英語部だったのは知ってる?」

 「いいえ」

 ひとつ、まばたきする。

 先輩にすなおだと言われたのだから、すなおに言うことにする。

 「べつに知りたいとも思いませんし」

 向坂さきさか先輩は唇を閉じたまま笑った。

 言う。

 「そうだよね」

 先輩の声が甘い。

 先輩は、こんどは唇からグラスを迎えに行き、ライムのソーダを飲んでしまった。

 グラスにルージュの跡が残る。

 飲んでしまってから、向坂先輩は続けた。

 「去年のことだけどね。あいつは、英語部でも、最初の何か月か、夏休みまでくらいは、一年生なのに新しい企画立てたりして、意欲的に活動してた。ところが、部内のスピーチコンテストで三位までに入れなくて。それで、入賞した子のことを「英語らしい発音はできても、ほんものの英語の発音はできない」とか悪口言いふらして。それで、秋の文化祭で、体育館でやる英語スピーチ大会にエントリーしてたんだけど、敵前逃亡」

 本番で無断欠席するのを「敵前逃亡」というらしい。

 「そのあとはほとんど部活に参加しなくて、行き場がなくなってたところで、四月にわたしの部に入った、っていうわけ」

 先輩にとって、瑞城ずいじょうフライングバーズは「わたしの部」なのだろう。

 晶菜あきなにとってはどうだろう?

 晶菜にとっての「わたしの部」ではない。

 「向坂先輩の部」だ。

 いや、「向坂先輩のいる部」だ。先輩が部長であってもなくても、それはどちらでもいい。

 「もちろん、目的がある」

 向坂先輩はグラスをとんとテーブルに置いた。

 続ける。

 「わたしを支配すること」

 晶菜の体のなかから、黒いドロドロした嫌悪感がいてくる。

 少女という存在が、このいま湧いてきたものに完全に染まってしまうと、たぶん、あの郡頭まち子のような子になるのだろう。

 黒い、ドロドロした、呪いの液体だ。

 晶菜はまだ染まっていない。

 晶菜ははずれたことをわざと言う。

 「部を支配する、とかではなくて、ですか?」

 「あの子、自分の存在では部を支配なんかできないことは知ってる。だから、わたしを利用する。わたしをあやつり人形にして自分の野望を達したい」

 「あの子の野望が、部を支配することなんですか?」

 そんな小さなものではないようでもあるし、そんな大それたものでもないようでもある。

 よくわからない。

 向坂先輩は首を縦にも横にも振らなかった。

 「あいつは、自分より背が高い、自分より肌が白い、自分より胸があって自分より脚線美がある、そんな女をコレクションして、操りたい。そんな女だよ」

 じゃあ、向坂先輩は、どうなのだろう?

 やっぱり「コレクション」している。

 女の子を。

 宮下みやした副部長と、郷司ごうじ先輩と、晶菜と。

 あと何人もが向坂先輩の「コレクション」に入っているのは知っている。

 生徒会も、この瑞城フライングバーズも、言ってしまえば、先輩の「コレクション」収集の場所でしかない。

 いや。

 だからこそ、向坂先輩は郡頭まち子を嫌うのだろうか?

 同じようなことを考えている相手だから。

 向坂先輩は、自分が「コレクション」する側なのに、郡頭まち子はその自分を「コレクション」に入れようとしている、と思っている。

 その屈辱感が、まち子を嫌う原因なのか。

 「あ、次は」

と向坂先輩は立ち上がった。でも、声はまち子の話をしていたときと同じ低い声だ。気もちを切り替えた、という感じではない。

 「台湾から取り寄せたキウィのジュースがあるんだけど、飲む?」

 「はい。いただきます」

 キウイのジュースって、わざわざ台湾から取り寄せないといけないものなのか?

 それとも台湾に質のいいキウイのジュースがあるのか?

 よくわからない。

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