第25話 2703(3)

 晶菜あきなが答える前に先輩は続ける。

 「史美ふみ朱理あかりを気にしすぎなんだ」

 先輩が愚痴っぽく言った。史美は郷司ごうじ先輩、朱理は宮下みやした副部長のことだ。

 先輩が続ける。

 「でも、見ててくれて、対策考えてくれたのは感謝する」

 晶菜が言う。

 「詳しいところは郷司先輩があとで話してくださるそうです」

 「何かこう、マーチングをどこで止めたらいいかの合図があればいいんだけど」

 でも、先輩がやるドラムメジャーは指揮者だから、全員に合図を出す係だ。

 ドラムメジャーにだれかが合図を出してくれるということはないのではないかと思う。

 「じゃあ、それも伝えておきます」

 先輩は、こんどは「まとわりつかせる」ことなく、晶菜の顔を正面から見た。

 言う。

 「晶菜は、すなおだね」

 「はあ」

 自分で「すなおです!」と言うものでもないだろう。

 「自分では、そういうのよくわからなくて」

 「嘘ばっかりつく子の相手は疲れる」

 それは、朱理先輩のことではないだろう、と思った。

 晶菜がそう思ったことに、先輩は気づいたらしい。

 「だれのことかわかる?」

 晶菜はしらばっくれることにした。

 だいたいあの子のこと、というのはわかるけど、それを言ったときの向坂先輩の反応が怖い。

 晶菜は言う。

 「宮下副部長?」

 気後きおくれしている様子を装いながら。

 これだけでも、じゅうぶんに怖い。部長に、副部長が嘘つきなのでは、と言っているのだから。

 「まちだよ。郡頭こうずまち子」

 先輩はうんざりしたという言いかたで言う。

 おもむろに顔を上げる。

 「わかってたんでしょ? 晶菜なら」

 わかっていた。

 でも、「じゃあ、なぜ言わないの?」と言われたときのために、言いわけを考える。

 「あの子は、嘘つきと言うより、見栄みえりですかね?」

 誘導尋問だったら、どうしよう?

 このベッドルームにはクローゼットがある。もし、晶菜が洗いざらいしゃべったあとで、クローゼットの戸が開いてまち子が登場する、という仕掛けだったら?

 それでもいい。

 まち子が、平気で「さめだけに人を食った」とか「ヤギが沼にはまったような」とか人前で言うのだから、こっちだって部長の前で言ってもいいだろう。

 「自分より上の人間を引きずり下ろして、快楽を得る、というか」

 「よく見てるじゃない?」

 先輩が笑う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る