第24話 2703(2)

 言って、向坂さきさか先輩はその視線を晶菜にまとわりつかせる。

 茶色の瞳だ。

 髪も肌も、先輩は茶色寄りだ。

 晶菜あきなが答える。

 「はい」

 言っていいかどうか、迷いがある。

 迷いがあるけど、言わないと晶菜が来た意味がない。

 「こんどの城まつりのマーチングなんですが」

と、晶菜が説明する。

 「てきぱきと」説明している、と思う。

 「三曲めの「リパブリック讃歌」の途中に休みを入れます。そのあいだマーチングは止めて、カラーガードの一年生三人が歌います」

 つけ足す。

 「自分の声で」

 「ふうん」

 関心なさそうに鼻を鳴らすと、向坂先輩は唇を結んで、グラスを口のあたりまで持ち上げた。

 頬が、滑らかに、肌色と紅ばら色のグラデーションだ。唇がピンクなのはルージュを載せているからだろうけど、もともと血色がいいのだと思う。

 「いいけど、何のために?」

 傲岸ごうがんに言い放つ。

 ここが、説明しにくいところ、でも説明しなければいけないところだ。

 「先輩が、きつそうだからです」

 「きついって、何が?」

 「だから、マーチングを指揮するのが」

 軽く言って、晶菜は先輩を見上げる。

 背の差もあるし、とう椅子に身を反らせて晶菜を見ている先輩のほうが「上から見ている」感が強い。

 ほんとうは目の高さは先輩のほうが低いのかも知れない。

 向坂先輩は、顔を右に傾けたり左に傾けたりする。

 こうやって「視線を絡みつかせる」ということをやるんだ、と晶菜は気づく。

 向坂先輩は、短く特製ライムのソーダを口に入れてから、言った。

 「また史美ふみが、よけいなことを」

 そう言って、目をそらせる。史美というのは郷司先輩の名まえだ。

 このスイートルームのベッドルームは外側の全面が窓だ。くすみの入ったガラスなので、実際よりも外が暗く見える。

 その暗い空を向坂先輩は見ている。

 「どうせ、朱理あかりに任せといたら、きれいごとしか言わないから破綻する、とか言ったんでしょ」

 晶菜はかんはつを入れずに

「そのとおりです」

と笑いを浮かべて言う。向坂先輩は軽く舌打ちして、また特製ライムソーダを少し口に含んだ。

 晶菜も飲む。

 「ライム切って、絞れるようにしとけばよかったけど、いま、ないから」

と先輩は言った。どうでもいいことのように。

 どうでもいいのかどうか、晶菜にはわからない。

 そのキュロットのつぼみから生えている脚が少しずつ動く動きに、晶菜は気を取られる。

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