第23話 2703(1)

 放課後には雨は上がっていた。

 晴れ空さえ広がり、日が照っている。

 パールトンホテルのフロントに2703に来たと伝え、エレベーターで二七階へ行く。

 もちろん、あの雑居ビルのような「ぼろ」のエレベーターではない。銀色と透明なガラスの内装で、ガラスからは箕部みのべの街が見える。

 エレベーターが上がるにつれて、その街が遠ざかる。「足の下」という方向に、だ。同時に、街の遠くまでが見えるようになる。

 一人でここに来たのは初めてだ。

 晶菜あきなは、ほうっ、と息をついて、息を整える。

 ドアベルを押すと、「こんこーん」とゴージャスなベルの音がする。

 「ピンポン」という軽い音ではない。

 ほどなく、内側からドアチェーンをはずす音がして、扉が開いた。

 「いらっしゃい」

向坂さきさか先輩が顔を見せる。

 黄色っぽいベージュのポロシャツに、緑がかったベージュのキュロットという私服だ。

 飾らない服装だが、この服のほうが先輩の胸のふくらみが自然に見える。

 ホテルの部屋なので靴は履いたままで、飾りのついた白い短ソックスに黒いエナメル靴をいている。

 脚までのラフさと、足もとのお嬢様感がずれている。

 「おじゃまします」

と晶菜は2703室に入った。

 スイートルームの手前の部屋は素通りして、奥のベッドルームに行く。

 「さ、座って」

 向坂先輩が命令する。優しい言いかただけど、逆らえない。

 「あ、失礼します」

 先輩が指さしたのはベッドの奥の円テーブルだ。そこのストールに腰掛ける。

 銀色に輝くバケツが置いてあって、なかに氷が入っている。そこに飲み物の瓶がさしてある。

 「のどかわいたでしょ? 最初は炭酸系がいいかな」

と、向坂先輩はバケツに入った瓶を取り出して、グラスに炭酸水を注いでくれた。

 グラスも、晶菜の家では、お正月と、特別なお客様が来たときしか使わないような豪華なグラスだ。金色の縁取ふちどりもしてある。

 たぶん、商談や接待のときには、このバケツにワインを入れて、ワイングラスでワインを飲みながら話すのだろう。

 向坂先輩は自分も炭酸水を持って向かいの椅子に腰掛けた。晶菜の座るストールではなく、大きいとう椅子だ。このホテルの備品ではなくて、向坂家の私物だろう。

 その籐椅子に座って、先輩は脚を組む。

 キュロットがつぼみのようだ。そこから美しい色の脚が生長せいちょうしている。

 正しい場所でほどよくふくらみ、そして先のほうはきれいに絞れた脚だ。

 向坂先輩が炭酸水を飲んだので、晶菜も

「いただきます」

と言ってグラスを口に運ぶ。

 炭酸が強い。その強い炭酸に負けない風味がある。

 「うちで特別に作らせたライムのソーダなんだよ」

 向坂先輩が言う。

 「特別のものを、ごちそうさまです」

 晶菜は言って、笑った。

 「それで?」

 向坂先輩が言う。

 「郷司ごうじの話では、何か伝えることがある、って」

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