第21話 雨が降っている(9)

 郷司ごうじ先輩がその晶菜あきなを両目で見て言う。

 こうやって見られると、郷司先輩は体つきがふくよかで、美人だ。男っぽい性格だけど、髪が肩の後ろでふわっと広がっているのがとても女らしい。

 どきっとするくらいに。

 郷司先輩はゆっくりと言った。

 「ホーンセクションは完成度高いですね」

 繰り返す。

 「「ホーンセクションは完成度高いですね」って大林おおばやしは言ったの。でも、朱理あかりは言った?」

 「いえ」

 晶菜は反射的に言う。

 「言ってないと思いますけど?」

 よく覚えていないけど、「ホーン」とか「セクション」とかいうことばはなかったと思う。

 「わざとはずしたんだよ」

 郷司先輩が言って、唇を結ぶ。

 「いや」

 挑戦的に、晶菜あきなが言う。

 「それは、ただ、認識していないだけでは?」

 続ける。

 「だって、わたしだって、その、ホーンセクション、とか言われても、わからないですよ?

 「ま、知名度は低い楽器だね」

郷司ごうじ先輩が言う。

 「フリューゲルホルンと、アルトホルンと、バリトンホルン、だっけな? でも、問題はそういうのじゃなくて」

 郷司先輩はまたそのままじっとその両目を晶菜にフィックスする。

 「向坂さきさかは目の敵にしたし、相手も向坂には反抗的。向坂といちばん関係の悪いパート」

 「ああ!」

 思い出した。

 晶菜が入部した四月ごろ、あの乱暴者の唐崎からさきとか、伴奏トランペットの井川いがわとか、大林千鶴ちづるの話に名が出ていた若林わかばやし理由りゆ先輩とかが、一部のメンバーの練習教室にしつこく押しかけては、退部しろと圧力をかけていたことがある。井川なんか、その圧力かけの功績で伴奏トランペットの首席にしてもらえたようなものだ。

 晶菜も二‐三度ついて行ったことがある。唐崎や井川や若林理由先輩が声を荒らげていて、怖いと思った。

 それが、そのホーンセクションなのか。

 郷司先輩が続ける。

 「でも、大林が言ったように、ホーンセクションは音楽的レベルは高い」

 口を結んで、首を傾げ、しばらくそのまま晶菜を見る。

 「だから、言うとすれば、ホーンセクションは最高の仕上がりです、と言わなければいけないのだけど、朱理は言わなかった。向坂が聞きたくないことをわざと伝えない。向坂の聞きたくないことは最初から言わない。そういう、イエスマン、というか、イエスガール」

 郷司先輩はふーっと息をつく。

 「こんど、向坂がずっと生徒会について甘い判断を持ち続けたのも、朱理が生徒会の雰囲気をきちんと伝えなかったからだと思う」

 たぶん、そうなのだろう。

 ここにいる二人、つまり郷司先輩と晶菜、それと向坂先輩と宮下先輩は、三月まで生徒会にいて、四月にこの部に移って来た。三月にそれまでのこの部の幹部が退部したのを受けて、向坂先輩が部長に、宮下先輩が副部長に、郷司先輩が会計にと、二年生の晶菜以外は部の要職に就任した。

 生徒会では、宮下先輩のほうが地位が上だった。このまま生徒会にいれば、宮下先輩は副会長だった。もし副会長選挙に落ちたとしても、書記には選ばれているはずだった。

 瑞城ずいじょう高校には、進学コースのGS、普通科、地域科とコースが三つある。書記は、会長と副会長の下で、そのコースを束ねる役割だ。それぞれのコースの生徒の長で、生徒会での「偉い」順は、会長、副会長に次ぐ三番めということになる。

 だから、宮下先輩のほうが、生徒会の事情には通じているはずなのだが。

 そこで得た情報を向坂先輩に正直に伝えていない。

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