第12話 遥か昔のエジプトの儀式(6)

 ネフェルティティさんが退場してから、部屋の扉が開いた。

 待合室に出る。

 七人の女子高校生が、かけられていたかぶりものを取って、男のひとに渡す。今度は自分で取った。

 帰ろうとすると、入り口の横の受付らしいところに座っていた女のひとから

「ああ、お待ちください」

と声をかけられた。

 「はい?」

と答えたのは宮下みやした副部長だ。

 受けつけに座っている女のひとが……。

 通った鼻筋、ぱっちりした目、明るいところで見ると肌が荒れてざらついているが。

 さっきのネフェルティティさんだ。

 どう見ても、その容姿は、エジプト人よりは、現代日本人に近い。ずっと近い。

 よくこの短い時間にここに出て来て、受付の女の人としてずっと前から座ってました、というふりができるものだ。

 そのネフェルティティさんが言う。

 「祈祷料きとうりょうとして一〇万七八〇〇円頂戴ちょうだいいたします」

 「はいっ?」

 宮下副部長がびっくりして声を立てる。

 「いや、だって」

と声を上げたのは大山おおやま先輩だった。

 「たしか、無料だって」

 ネフェルティティさんが答える。

 「ご相談は無料ですが、ご祈祷まで進まれますと祈祷料がべつにかかります」

 受付のネフェルティティさんが、受付の後ろにかかっていたヒエログリフのプリント布の、そのまんなかにかかっているフレームを指さす。

 「最初にご確認いただいたと思いますが、ここにも書いてあります」

 たしかに「相談無料」と書いてある下にカッコをつけて「祈祷料は別途べっと頂戴いたします」と書いてある。

 「相談無料」よりは小さいが、「読めないほど小さい字」でもない。

 「いや、その、でも」

と宮下副部長が言う。声はうわずっていた。

 「一〇万円なんて、そんな、すぐには」

 その声にこたえるように、受付と玄関のあいだに、黒スーツ黒めがねの男が二人出て来た。

 来たときには開いていた外への扉が、いまは閉じてある。ここで声を立てれば外に聞こえるだろうけど、たぶん、だれも助けに来てはくれない。

 これは、「いかにも」だなあ。

 しかも、祈祷室のほうからも、同じ服装の男が二人出て来る。

 わざと体より大きいスーツを着ているように見えるが?

 それが「いかにも」であっても、怖いものは怖い。

 ここで「払えません」ということになると、この組織につかまって、女の子にとってたいせつなものを差し出す仕事をさせられるのだろうか?

 もしかすると、この美人のネフェルティティさんももともとはそうやってつかまった女の子なのかも知れない。

 でも、楽しそうにやってたけどな。ネフェルティティさん。

 晶菜あきなが「心の底からの」恐れを感じなかったのは、払える、とわかっているからだ。

 向坂さきさか先輩は、県下屈指の企業の経営者の娘なのだから。いざとなったら向坂先輩がなんとかしてくれる。

 この心の動き、ちゃんと覚えておこう、と思う。

 こういうときにこそ、江戸弁が得意な唐崎からさき

「てめえ、何言ってやがる。説明不足は説明不足だろうが」

啖呵たんかを切ってよさそうなものだ。

 ところが、その唐崎は、背をかがめて小さくなって、大山先輩の後ろに隠れている。

 震えているようだ。

 威勢のよいところは見せたがるけど、怖い相手には弱いんだな。

 弱いと言うより、もろい、という感じだ。

 これも、覚えておこう。

 「一〇万七八〇〇円です」

 ネフェルティティさんが平然と言う。

 「これでも、本来、一一万八八〇〇円を頂戴すべきところ、高校生の方なので、お値引きさせていただいているのですが」

 何その中途半端な価格は?

 ネフェルティティさんはその宮下副部長を見上げたまま、何も言わない。

 宮下副部長が、救いを求めるように部長の向坂先輩を見る。

 「払います」

 向坂部長が言う。

 落ち着いているようだが、心のなかまでそうだったかは、わからない。

 「カード使えますよね?」

 晶菜は表情は変えなかったけど、二重に驚いていた。

 高校生でカード払い?

 しかも、こんな怪しい店にカード情報を残していくのか?

 「はい」

 ネフェルティティさんが営業スマイルをして、決済用の機械を受付机の上に置いた。

 カード決済は、指でカードの形を作って念力で、とかじゃないんだ、と思って、晶菜は微笑して見ている。

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