第7話 遥か昔のエジプトの儀式(1)

 雨乞あまごい当日の土曜日はよく晴れた。湿度が低く、からっとして暑い。

 雨乞いにはよく似合う天気だ。

 この「古代エジプト流」雨乞いに来たのは七人だった。

 向坂さきさか部長と宮下みやした副部長、この雨乞いを言い出した唐崎からさき仁穂子にほこ大山おおやま蒼子そうこ先輩、二年生のさめ皓子てるこ一宮いちのみや夏子なつこ晶菜あきなとだった。

 井川いがわめぐむは補習に行った。

 バスドラムの山鹿やまが先輩はお母さんに行くなと言われましたと書いてきた。「雨乞い」なんてお母さんに相談したら止められるに決まっている。

 小森こもり先輩も

「ママに相談したらやめなさいと言われた、で、向坂にそれでいいか、って電話したらそれでいいって言われたので行かないんだそうだ」

と、昨日、郷司ごうじ先輩が言っていた。

 晶菜自身は

「マーチングバンドのみんなと遊びに行く」

と言って家を出て来た。

 江藤えとう九美くみ先輩が来ない理由はわからない。問題の郡頭こうずまちがいない理由もわからない。江藤先輩はともかく、郡頭まち子は「日和ひよった」気配が濃厚だ。

 「雑居ビル」という種類のビルの四階の部屋だ。乙女七人でエレベーターに乗ろうとしたら重すぎるというのでエレベーターが動かなくなった。元気な鮫皓子と一宮夏子が歩いて階段を上る。

 そのエレベーターは薄汚れていたし、ボタンは奥まで押さないと電気がつかないし、動きががくんがくんしているし、「ぼろ」という以外に形容のしようがない。

 廊下も殺風景だ。その一室に入る。扉は最初から開いていた。

 廊下の印象に較べて、部屋のなかは明るくてこぎれいだった。

 七人の女子高校生は、まず「待合室」に通される。「待合室」というが、ほかにお客さんはいなかった。

 黒い口ひげを蓄えた男の人が出て来て紅茶を入れてくれる。途中がくびれたガラスのコップにお茶を入れる入れかたはたしかに中東っぽい。

 「この季節に、熱い紅茶?」とは思ったけど。

 その男の人が、紅茶を飲んでいるあいだに話をする。

 古代エジプトにアマルナ革命というのがあった。そのときに、それまでエジプトで何千年もたいせつにされていたアメン神の信仰が途絶えて、雨乞いの法を含むたいせつな「法」が大量に失われた。『聖書』に出て来るさまざまなエジプトの災厄はそれによって起こったという。

 その失われた法のうち、雨乞いの法を伝えるのがこの「古代エジプト流雨乞い」だという。

 晶菜の感想はというと。

 「よく調べましたねぱちぱちぱち」というものだった。

 アマルナ革命は、世界史に出て来る、古代エジプト新王朝の王が旧来の信仰を捨てて唯一神「アテン」への信仰を樹立しようとした事件のことだろう。また、『旧約聖書』の「創世記そうせいき」にはエジプトで起こったさまざまな災害のことが記してある。

 そこで失われたアメン神の「法」とはいったい何なのか?

 いや、何だと主張するのだろうか。

 「服は黒一色、光り物は身につけていませんな?」

 男の人が言う。

 そういう指示だった。かわりに、「肌は見せないように」というような指示はなかったので、黒のノースリーブと細身の黒のレギンスパンツを穿いてきた。

 「あの」

と大山蒼子先輩が言う。

 「このボタン、黒ですけど、光るんですけど」

 シャツについた大きい足つきボタンを右手ではさんで見せる。

 「うん」

と男の人が首を傾げた。

 「それでは今日はお帰りください」と言われればとても気もちが楽なのだが。

 「それぐらいはかまわないでしょう。さあ、こちらへ」

 その口ひげの男の人に案内されて、少女たちは奥の間に入る。

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