第6話 雨乞い計画(6)

 でも、いまは、マーチングバンドの完成度について、より正確に言うと完成度について話しているばあいではない。

 議論の中心は、雨乞あまごいをするかどうかだ。

 そこで、

「あの」

晶菜あきなが言った。

 「その雨乞あまごいの費用って、どれくらいですか?」

 「だから、無料なんでよぉ!」

 唐崎からさきが晶菜に向かって口をとがらせる。郷司ごうじ先輩に言い返せなかったぶん、晶菜にいばって見せたいらしい。

 晶菜が無料だと知らなかったのをバカにしている。

 でも、この雨乞い術は、たったいま唐崎が検索して見つけたものだ。ほかのメンバーが料金について知っているわけもない。

 向坂先輩がふと口もとをゆるませたのがわかった。

 「じゃあ、試しにやってみようよ、雨乞い」

 言ったのは、背中で壁に寄りかかっている大山おおやま蒼子そうこ先輩だった。

 さっき、「爆弾テロの予告状でも送るか」と言って即刻却下を食らった先輩だ。

 その蒼子先輩が言う。

 「だって、効かなかったとしても、おもしろそうじゃん」

 みんなが反応に困る。

 「効かない」にしても「おもしろそう」にしても、反対する理由はない。

 でも、だからといって「試しにやってみよう」という結論になるかどうか?

 この大山蒼子という先輩は唐崎が入部させた部員だ。唐崎の友だちだという。同じ三年生だ。

 でも大山先輩は唐崎とはだいぶ違う。性格が明るくてだれとでも話す。もちろんひとを見下した言いかたもしない。正しいのかどうかわからない江戸弁も使わない。ちょっと見たところ、背が高くて表情が無愛想そう、しかも声が太いので怖いと思われることもあるが、話してみると楽しい先輩だ。

 強烈な天然パーマがかかった髪型をしている。それで派手にパーマをかけたと思われて生徒指導に呼び出されたこともある。そのときはもともとの髪型だとわかって生徒指導に謝ってもらって帰って来た。でも、制服の上に三原色と白と黒と緑とオレンジというストライプの派手なベストを着てきたときには厳重注意を食らっていた。

 さっきみたいに、いきなり「爆弾テロ予告」とか言い出したりするが、それが本気であるはずもない。空気が沈滞するのが嫌いで、人をおもしろがらせるのが好きなのだ。

 「わたしは反対、雨乞いするのなんか」

 郷司先輩が落ち着いた声で言う。

 たちまち唐崎仁穂子がいきり立つ。

 「無料だって言ってるだろうが。会計が出る幕じゃねえんだよ」

 でもやっぱり腰が引けていた。

 「無料でも反対」

 郷司先輩は動じない。

 「その時間をカラーガードの練習に振り向けたほうがいい」

 正論だと思う。

 郷司先輩は続ける。

 「郡頭まち子の言うようにフラッグ使うのなら、まして練習したほうがいい」

 「そんなの無理に決まってるだろうがっ!」

 唐崎が大反発する。

 「もさもさでさえちゃんと使えないんだぜ、あたしたち」

 自慢するな、と思う。

 唐崎が「もさもさ」と呼んでいるのは、世間では「ポンポン」と呼ばれているもののことだ。リボンを切ってたくさん束ねたもので、チアリーダーが手に持って、その動きを目立たせるために使う。

 しかし唐崎はポンポンさえきちんと振れない。

 「あたしたち」と言うが、唐崎がいちばん出来が悪い。

 何をどう考えても自慢にはならない。

 もともと唐崎は郡頭まち子を嫌っていたが、まち子がフラッグを使おうと主張したことで、この二人の関係はさらに悪くなった。

 郷司先輩が言う。

 「まあ、休みの日に祈祷きとうに行っても何してもわたしは何も言わないけどね」

 それが郷司先輩の「落とし所」なのだろう。

 唐崎が勝ち誇ったように

「だったら何も言うな、バーカ!」

 ひとがせっかく「落とし所」を見つけてくれたというのに。

 ほんとうに、疲れるやつだ。

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