第3話 何時の間に? ~ it's no money ~



―― 働かないと生きていけない。それは当然の事だ。働く事でお金が手に入る。でも、働いてばかりだと、それだけで人生が終わりそうで嫌だったんだ ――




 付き合ったばかりの頃……つまり最初の頃は、なるべくお金が掛からない場所で遊んでいた。

 それこそ公園だったり、海だったり、川だったり、山だったり。

 例えばそれを第三者に伝えるとしたら、「自然と触れ合っている」と言えば聞こえがいいだろう。だがその実、裏にあってどうしても付き纏うのはお金が無いという事実だった。



「凄く景色がキレイだねッ!」


「ここから見える景色ってなんか贅沢だなぁ。昼間はキラキラと輝いてる海も見えるし、山の色とりどりな感じも凄くいい。遠くの方には街が見えるから夜景もいい感じなのかな?」


「そうだ!今度、冬になったら夜景を見に来ようよ。冬は空気が乾いているから夜景が綺麗に見えるって聞いた事があるよ!」


 ここはとある山の展望台。装備一式を担いで登る程の山じゃなくて、ちょっとしたハイキング感覚で、ものの十数分くらいで登れる小さな山。

 それなら、山よりは丘と言っても問題はないんじゃないかなって思ってる。

 実際に調べてみると山と丘の違いはないようだから、それならここは勝手に丘と呼んでしまおう。

 海が見えるし公園みたいな展望台だから、「港の見える丘公園」でどうだろうとか勝手に妄想してみる。

 でもそれは、どうやら本当に同じ名前の公園があるらしいから、却下なのは



「ねぇ、どうしたの?そんな真面目な顔をして。何か顔についてる?虫とかじゃないよね?でも本当にどうしたの?さっきから凄く真剣に見詰めて来て……そんなに見詰められると……ッ!?」


かちん


「もうッ!何やってるのよッ!なんでそこで失敗するかなぁ」


 彼女の笑顔が、空にある太陽よりも眩しくて、突然キスをしたくなった。でも、唐突で華麗に唇を奪うハズが何故か歯がかち合う始末。何かを話している時にキスしようとするもんじゃない。

 マンガみたいにそんなに上手くいきっこないし、何時の間にかそんなスキルが身に付く事なんてない。だから凄く遣る瀬無い気持ちになった。

 だけどそれすらも、幸せなひと時を飾る1ページ。



 彼女は膨れっ面になってから直ぐに無邪気そうに笑っていたが、頬は薄っすらと色付いていた。こっちを一心に見詰める瞳の中には太陽があって、彼女の笑顔をより一層眩しく輝かせているようだ。

 そんな感じで、ころころと変わる彼女の表情の変化をずっと追い掛けて、実のところはずっと見惚れていたかったけど、流石にそんな事をしていたら直ぐさま表情が固定されてしまうだろ。

 だから見惚れるのは早めに切り上げて、こっちも笑顔で応える事にした。


 こんな些細な事でも、お金を掛けずに得られる掛け替えのないひと時プライスレスの幸福だったんだ。

 何時の間にか些細な事でも幸せを感じられるようになっていたから、それも全て彼女のおかげだろう。

 彼女が幸せそうな顔を見せてくれるから、自分も幸せになれる。全ては可愛い彼女様々なのだ。




 どこかに綺麗なスポットがあると聞いたら、服を着込んでその夜景を見る為に車を走らせた。

 どこかに色とりどりの紅葉を見られる場所があると聞いたら、それを見る為に山に登った。

 そこまで人混みが無くて人酔いしそうがない蒼く澄んだ海に、キラキラと光る水面を見に行った。

 風に舞い散るピンクの花びらが桃色に染め上げた川を見て、周辺を散策したりもした。


―――― 2人で出掛ける先は常に色とりどりで、とても鮮やかな世界だったんだ。



 1人の時は感じた事もない、色鮮やかな世界にいるのは、たった2人。

 青、赤、緑、黄……そんな簡単な言葉で表現出来る原色ではなくて、もっと複雑でもっと色味があって、それでいて名前も知らない色とりどりの色で着飾った鮮やかさだ。

 本当に世界は色鮮やかだったんだって、改めて実感させられた光景がそこにあった。

 周りに他人はいてもまったく気にならず、たった2人で全ての景色を2している気分だ。

 2人が共有した2人だけの、小さな小さな幸せの1ページ。


 これほどまでに恋とは盲目的もうもくてきで、愛し合えば愛し合うほど瞠目的どうもくてきになって、それは永遠に続けばいいとさえ思っていた。

 いや、自分の中にある単純な願いの中では永遠に続くと思っていた。

 それこそロマンチシズムしか見えていない、幼稚な考えだったのかもしれないけど、それこそ恋は盲目って言葉が最適だろう。

 そうなると、瞠目的になってたのはどこに行ったのだろう。

 何時の間にか恋から愛に変わって、愛から恋に逆戻りしていたみたいになってる。

 まぁ、そんな事を冷静に考える余裕もないくらい、夢中だったのは事実だ。




「凄く綺麗で、凄く楽しかった!今日も連れて行ってくれて、ありがとう。でも帰り道は気をつけて帰ってね。あと、ちゃんと家に着いたら連絡ちょうだいね」


「そうだ!今度は一緒に川下りする?それとも、空を飛んでみたい?あっ、でもでもお金は心配しないで。いつも出してもらってるお礼だから」


「えっ!ちょっとちょっと、どうしたの?急に抱き付いてくるなんて。今日は甘えたい気分……なの?まったく、甘えんぼさんなんだから……んっ」


「今度は失敗しなかったね。ちょっと驚いたけど」


 彼女が困った顔をしていた。別れ際はどうしても寂しい気持ちが昂ってしまう。

 その日に楽しんだ分だけ別れは辛い。楽しめなければ別れは辛くないかもしれないけど、楽しめない時なんて今までに一度もなかったから、比較のしようがない。



 その日に2人で共有した幸せが、大きければ大きいだけ別れが辛い。

 その日に、その日にその日に……。そうやって楽しいと辛いを交互に味わっていく。

 ポジキャンとネガキャンが交互にやって来て、無理矢理にでも抵抗力をつけようとしているのかもしれない。そして、それを繰り返していくうちに、何時の間にかどんどんと、どうしようもない不安だけを募らせていく事になっていった。

 どうやら抵抗力は簡単には身についてはくれないようだ。



 だから本当にどうしようもなく儚げで、どうしようもなく寂しくて、本当に……本当に仕方無い事だったんだ。

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