第2話 何時のお守り? ~ it's no memory ~

「ねぇ、これ覚えてる?」


 覚えてなかった。



「ねぇ、ここ一緒に行ったよね!あの時凄く楽しかったよね!」


 やっぱり覚えてなかった。



 付き合いだしてから数年経った頃になると、一緒に行った場所が多くなり過ぎて脳内メモリがパンク寸前……ではないが、どうやら記憶のボックスが他の記憶のボックスを何処かへと押し出すか放り投げてしまうらしかった。

 脳内の引き出しにちゃんと納まってくれていれば、何かのきっかけで思い出すかもしれないけど、何処かへと放り投げられたモノを探すのは容易ではない。


 それだけならいざ知らず、記憶と記憶が入り混じって勝手に改竄される事もしょっちゅうだ。



「ねぇ、そこは一緒に行った事がないけど、一体誰と勘違いしてるの?」


 そんな感じだった。そんな事をジト目で言われてしまったらもう、言い返す言葉もなかった。




「あっ!このお守り、まだ持ってたんだ?」


 いつの間にやら、2人は神社を巡る事が趣味になっていた。それまではカラオケやボーリングと言った人工的な遊びで楽しんでいたけど、毎回毎回それでは飽きてしまう。

 同じ光景や同じ店、同じ食事に同じ行動パターンでは飽きるのが当然だろう。

 俗に言うマンネリ化というヤツだ。



「一緒に行くなら、どこでもいいよ?行きたい場所に連れて行って欲しい」


 いつものように遊び、いつものように食事して、いつものようにお互い別々の家路につく。

 だから、もっと長い時間一緒にいたくなるのは当然だった。

 だから、もっと2人の時間を共有したくなるのは当然だった。


 だから計画を立てて旅に出る事にした。それが神社を巡る旅だ。



 神社と言ってもそこら辺にある神社ではなくて、由緒ある延喜式一宮えんぎしきいちのみやに限る事にした。ちゃんとそこを巡るのには意味があるんだけど、第三者に聞かれた時には説明するのが面倒臭いので、「ただのパワースポット巡り」と言って煩わしい説明は避けるようにしていた。

 それならば、誰からも納得してもらえるし、余計な説明する手間が省けて一石二鳥だ。

 それに旅をしながら色々な風景を見て、その土地の美味しい物を食べ、気になった場所があれば観光をして……ってどんどん幅は広がっていった。

 それだから旅をする事は一石二鳥どころか一石五鳥も六鳥もあったかもしれない。



 そんなこんなで2人の旅は続いていった。それこそ2人で旅した回数は、数回どころじゃない。カラオケもボーリングも数回やったら飽きてしまうけど、目的地が毎回変わる旅に飽きることなんてなかった。

 いや、目的を持ってカラオケやボーリングをするならば飽きないかもしれないけど、別にプロになりたいワケじゃない。一緒に遊ぶ事を目的にしているから飽きるのは当然だったけど、旅はそうじゃない。




 だけれどもいつの頃からか、何処の神社に行ったのかも記憶から薄れていくようになっていた。なんせ延喜式一宮えんぎしきいちのみやは全国に90社以上もあるんだ。神社の名前から神様の名前まで覚えるなんて出来っこない。

 まぁ、普通はそこに祀られている神様の名前を覚える事はしないかもしれないけど、それはそれ、これはこれだ。


 だから、行ったけど覚えていられなくなった事も多くなった。




「じゃじゃ~ん、見てみて!これ買ったんだ。可愛いでしょ?」


 神社を巡る事が趣味になって暫く経ってから、彼女には趣味がもう1つ増えたようだ。



「このデザインにひと目惚れだよ~。これから一緒に回った神社の御朱印も集めれば、いつ行ったかも、どこに行ったかも分かるからね」


 そこにはピンクの装丁に可愛らしくデフォルメされた猫が描かれていた。最近の御朱印帳はどこかの芸能人が齎したブームに乗っかって、シンプルな物よりもデザイン性が問われる事になったのかもしれない。そしてそれを見せびらかす彼女は特に可愛く思えた。

 ケモミミや尻尾が生えていたら、ぴょこぴょこと感情表現をしてくれていたことだろう。


 それにしても、趣味が趣味を呼ぶとは思わなかった。それならば、自分も一緒になって釣られるのも悪くないかもしれない……。



「あれ?お守り買うの?交通安全のお守り買うの珍しいね。いつもは、なんか鈴とか、盃とかあんまり人が買わなそうな物しか買ってなかったのに」


「あれ?でも、なんでそのお守りなの?こっちの交通安全の方がシンプルじゃない?」


「あっ!分かった。色でしょ?その色が気に入ったんでしょ!」


 買った交通安全のお守りは、車のフロントガラスに貼られた。吸盤から紐が出ているタイプじゃなくて、吸盤からは樹脂性の固定具が出ていて、走行してもブラブラしないタイプのお守りだ。だから残念ながら色が気に入って買ったワケじゃなかった。

 いやむしろ、色は気にしてなかった。予想が外れた彼女は残念そうだったけど、ケモミミも尻尾も生えていないから「多分そうなのだろう」としか言えない。



 こうして自分の趣味も1つ増えた。でも、このタイプのお守りが神社に必ずあるワケじゃないから、神社を巡っても必ず買うワケじゃない。必ず書いてもらう御朱印よりは頻度が落ちるかもしれないだろう。

 まぁ、それこそどこの神社でも売っていたら、フロントガラスはお守りだらけになってしまって、「安全運転のお守りのせいで前が見えなくて事故に遭いました」とかになっては目も当てられない。


 だからそれで良かったんだ。




 こうしていつしか東日本の延喜式一宮えんぎしきいちのみやは、車で行ける範囲を全て巡り終えていた。西日本方面は流石に距離があって数日掛けないと無理そうだったから、長期休暇の時に計画する事にした。

 それ長期休暇までは御朱印やお守り集めの趣味も新たに出来たから、その趣味が出来る前に行った神社に再び行くようにした。



 こうして2人の旅は新たに目的を持った。2人の間には更に色々な思い出達が積み上げられていったんだ。

 時には旅の途中で言い争いになって喧嘩もした。車の中で重い空気が漂った瞬間は逃げ出したくもなった。


 時には美味しい料理やその土地の温泉に浸かって旅の疲れを癒やした。美味しい食事を堪能すると彼女はとても幸せそうだった。

 その笑顔を見られる事が自分の幸せだった。



 それもこれも、良い思い出も嫌な思い出も、全て代え難くて得難い思い出に変わりはなかったんだ。


 でも、覚えていられない事はどうしようもなく、

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