第56.5話 番外編3 ††† 闇の小話その3 †††

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 この話はいわゆる番外編その3だ。


 モコッチ村でエルフ娘のハルカと過ごしているときの話なのだが、まあまあくだらないので語ることをためらっていた。


 私の趣味に傾きすぎて、多くの読者が逃げ出す懸念があった。


 でも、せっかくだから語ってみたくなった。


 ここまでついてきてくれた読者なら、許してくれるだろうと信じている――。


 


 *****




 モコッチ村で魔物討伐を終えた私は、少しの間村に逗留することになった。


 ハルカ・モコモコーナが私に弟子入りをしたいというので、


「それならまずは国立魔法学園の受験だな!」


 と言って、軽く勉強を教えることになったのだ。




「はい、火球投擲魔法ファイアビット三段活用!」


 私は食卓の椅子に座り、料理中のハルカに問題を投げかけてみる。


 ハルカは鍋をかき回すへらも止めずに、ささっと答える。


火球投擲魔法ファイアビット高度火球投擲魔法ハイ・ファイアビット極大火球投擲魔法ジャイガンティック・ファイアビット!」


 うむ、なかなかやるな。


 ではこれはどうだ?


「魔物が3匹いました。生命力50と生命力100と生命力150、合わせて生命力はいくつ?」


「えっとえっとえっと~~、にひゃ……300!」


「倒すのに必要な魔力は?」


「同じく300!」


 ハルカは鍋をかき回しながら微笑んだ。


 金色の髪にエルフ耳をした素朴な少女は、実に飲み込みが早かった。


 森の外の学校で算術を習っているとのことで、かけ算も知っているし、基礎的な力があるのがよかった。


 どこかの予備校の脳筋生徒たちとは違うなあ~~。


 などと感心しつつも――。


 その日の私は心が浮ついていた。


 ちらり、と居間を振り返る。


 私は、ハルカの家の本棚が気になって仕方がなかった。


 そこには、何という偶然だろうか。


 私が暗い青春を捧げた、闇のベストセラー小説が置いてあった。


 金文字の刻まれた背表紙が、私の目を捉えて離さない。


『新訳・虚月零日~闇曜日の黑時閒くろじかん~Blood ROse篇・Darkness……。無巻』


 いつ見ても心震えるタイトルだ。


 タイトルが既に詩のようではないか。


 ちなみに『無巻』というのは第0巻という意味のオシャレな表現だ。


 この他にも、亞巻、異巻、宇巻、春巻、などがある。


 この小説は前世持ちの転生者の物語なのだが、その内容のあまりの素晴らしさに、読んだ子ども達が悪影響を受けて、王国中で転生者を名乗りだした事件があった。


 私ももちろん転生者を名乗ったし、前世の妄想話を得意げに披露して、村人に馬鹿にされたものだった。


 そのときの悔しさ、恨み、人間不信は当時の子ども達に染み渡って、謎の選民意識となって人格形成を大いにゆがめている。


 私のゆがんだ闇も語り出すと長いのだが、いったん置いておこう。


 今重要なのは、ハルカの家にこの小説があることだ・・・・・・・・・・・・・・・・


 ひょっとして、彼女もこの小説の愛読者なのだろうか?


 だとすると、興奮する。


 前世の名前や前世の暮らしぶりを語り合う、妄想エピソードトークで盛り上がれるかもしれない……!


「チエリーさん、ニヤニヤしてどうしただ?」


 ハルカが怪訝そうに私の顔を覗き込んできた。


「あっ、ううん。何でもない!」


 私は慌ててごまかした。


「居間が気になるだか? やっぱり田舎の居間はみすぼらしいだ?」  


 ハルカは誤解して傷ついているらしい。


 これはよくない。私は正直に答えることにした。


「いや、何でもないというのは嘘だ――。私は少しばかり気がかりなことがあってね――。居間から目を離せなくなったのさ」


「なにがあっただ?」


「その……ちょっと変なことを聞くが――。ホントにただの世間話なんだが――」


 私は慎重に口を開いた。


 件の小説にハマった世代は、『黒の世代』として馬鹿にされ、王国中で笑われたからね。撤退準備は大切だ。


「なんだろなんだろ?」


「きみってもしかして、前世の話とか好き?」


「ゼンセ!?」


 ハルカは驚いたように言った。


「あっ、興味なければ別にいいんだ。ただの世間話さ、ハハハ」


 私は話題から撤退しようと思って冗談っぽく笑った。


 だが、ハルカの反応は違った。


「ゼンセは好きだ」


「えっ!?」


「好きだけど、それがどうしただ?」


 ハルカは何事もない話題のように真っ直ぐに私を見つめる。


 その落ち着きっぷりに、こっちのほうがうろたえてしまう。


『闇曜日の黑時閒くろじかん』の読者は、迫害の民だったはずだが……。


 世代の違いだろうか?


 ハルカくらい若いと、闇の妄想をこそこそ愉しむ必要もないのか?


「そ、その……。前世トークとかしても大丈夫?」


「何でも大丈夫だよ」


 ハルカは嬉しそうに言って、食卓の椅子に腰掛けた。


「そ、そうか。嬉しいな。じゃあ聞くけどさ、聞いちゃうけどさ」


 私は思わぬところで同好の士と出会えた感激で、胸を高鳴らせながら尋ねた。


「――ハルカの前世の名前って、どんなの?」


 むほほほ……! たまらない話題だよぉ――! 


 ちなみに私の前世ネームは、『チズ・華・ヴァシュピーレン』って言うんだ。


 この名前を考えるのに一ヶ月くらいかかったな。


「ゼンセの名前だか?」


「うん。どんな名前なの?」


「マナン・マナマ」


 ハルカは一瞬もためらわずに言った。


「ほぉおおお~~~」


「そんなに驚くこと?」


「う、うん。私も、私の趣味の友人たちも――。若干の照れが入るからさ。ハルカは堂々としてるなあって思って」


「なんだか分からないけど、光栄だべ!」


 ハルカははにかんで肩をすくめた。


「もっと他に前世の情報ある?」


 私は食い気味に尋ねた。


「えっと……。ゼンセはすごい美人だよ。町の人が振り返るくらいの美人で、草原に咲く百合の花みたいだ」


 ふおおお……。前世は美人設定かぁ~。照れもなく言う! しかも草原に咲く百合の花とな? 文学的じゃないか! この子、かなり読み込んでいるな!


 私は思わず拳を握りしめ、ぶんぶんと振った。


「どうしただ?」


「いやいや……あまりの感激にね」


「ふうん……?」


「それできみの……前世の仕事は何をやっていたんだい?」


 私はハルカとの会話が楽しくてたまらなかった。


 どんな答えが返ってくるのか、期待で一杯だった。今という時間が永遠に続けばいいとさえ思った。


「ゼンセはゼンセだ」


 ハルカは謎めいた返事をしてきた。


「ん……?」


 どういうことだろう? 前世は前世? 何かの謎かけ?


 私が怪訝に思っていると、ハルカは情報を追加した。


「あ、でも本当はゼンセは精霊教会の司祭様なんだよ。教会の隣に学校を作って、ゼンセをやってくれてるんだ」


 何、何々? ちょっと待ってくれ。意味が分からないぞ。ハルカの話のレベルが高すぎる!


 私は話を理解しようと、必死で頭を回転させた。


 私の混乱を余所に、ハルカは話を続ける。


「私は教会に行けばゼンセに会うし、学校に行けばゼンセに会うし、すごいお世話になってて、ゼンセには頭が上がらないよ」


 ゼンセ、ゼンセ、ゼンセ……。


 よく聞いているうちに、ハルカの発音はゼンセじゃなくてセンセなのに気付いた。


 センセ?


 先生?


 この子、前世じゃなくて『先生』の話してる――ッ!?


「先生は誰にでも優しいし、みんなに尊敬されてるし、先生みたいに立派な大人になるのが私の目標だぁ」


 おいおいおいおいおいおいおいおい――!!


 私の勘違いかいッ!!


 前世と思ってる人と、先生と思ってる人のすれ違いコントになってしまった。


 くっそ!


 まぁー。


 そりゃそうだよねー。


 10年も前のベストセラー小説、ハルカが読んでるとも思えないしな。


 居間にあるのは、ハルカのお母さんが買った本かな?


『無巻』しかないってことは、最初だけ買って続きを読んでないってことだし、お母さんも熱心な読者ではなさそうだ。


 前世を語らい合う闇のともがらとは、そう簡単に出会うことは出来ないようだね……。


「チエリーさん? 何ニヤニヤしてるだ?」


「はははっ、何でもない! 何でもないのさ!」




 *****




 私の闇の番外編はこれで終わりだ……。


 隙あらばいくらでも語れるので、折を見て語りたいと思う。


 呆れずについてきてくれる強者を待っている……。


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