第32.5話 番外編2 ††† 闇の小話その2 †††

  *****



 この話はいわゆる番外編その2だ。


 モコッチ村から王都に帰還した直後の話なのだが、あまりにもくだらなすぎて語ることをためらっていた。


 私の趣味に傾きすぎて、多くの読者が逃げ出す懸念があった。


 なのでもし「くだらないな」と思ったら、さーっと読み飛ばして、下の方にある


『◆◆◆ そしてある冬の出来事 ◆◆◆』から見てもらえると助かる。


 そこには今後の話の手がかりがある――。




  *****



 久しぶりに王都に戻ると、下宿の階段の踊り場で、ぼろきれにくるまって座ってる女の子がいた。


 見たことあるなぁーこの光景、と思った。


 女の子は眼鏡をかけていて、帽子を目深にかぶっている。


「チエリーさん、久しぶりですね。覚えていますか? 私は3番街中学の新聞部の記者! スター・エトロです!」


 眼鏡のスターは立ち上がり、掴むように握手してきた。


「いや、一応覚えてるけど……。何してんのきみ?」


「チエリーさん、辺境の村で大手柄を上げたそうですね。その噂を聞きつけまして」


 スターはそわそわしながら言ってきた。


「取材……とかいうヤツ?」


「そうです! 聞かせて下さい! 武勇伝を聞かせて欲しいんです!」


「あー。う~~ん……」


 私は言葉を濁した。王都には今着いたばっかりで、まだ下宿のドアも開けていないのだ。


 長らく歩きっぱなしで足がぱんぱんになっていたし、さっさとベッドに寝転がってくつろぎたかった。


「武勇伝聞かせて下さいッ!」


「うう~~ん……」


 ドアの前で話をしたい気分じゃなかった。


「チエリーさんっ!」


「う~ん……」


 何て言って断ろうかな? 中学生が目を輝かせているのを無下に追い払うのもなんだけどさ……。


 私が冴えない態度を見せていると、スターは誤解したらしかった。


「なるほど、人に言えない仕事をしてきた……。そういうことですね?」 


「まあ、そんな感じかな……。じゃあ、そういうわけで……」


 私は適当にごまかして自分の部屋に入ろうと思った。


 だがスターは食い下がる。


「チエリーさん、作り話・・・……聞かせてもらっていいですか?」


 スターは意味ありげな視線を向けてくる。


「……」


作り話・・・ですよ、作り話・・・……」


 スターは眼鏡を輝かせて、にやりっと笑う。


「ほう……」


 なるほど、こいつ……。味を占めたな。


 作り話というテイで、私が秘密の話を打ち明けてくれるものと考えているらしい。


 二人の間に生まれた密やかな符丁……。それが作り話・・・


 まあそんなようなことを考えているのだな。


 ふふっ……。


 よかろう。


 本当の作り話・・・・・・ならしてあげるよ。


 作り話は私の大好物……。


 言うなれば別腹。疲れた身体をリフレッシュする、心のデザートなのだった。


「どうですか、チエリーさん?」


 スターは上目遣いに見つめてくる。午後の日差しが彼女の顔に深い影を落としていた。


「本当に聞きたいのか……?」


 私はぼそぼそとした声で言った。


「聞きたくないとでも?」


「興味本位で踏み込むと後悔するぞ?」


 私は既にノって来ていた。


「後悔はしないつもりです」


「いいだろう。今からする話は、本当の作り話だ。だから、他言は無用だ……」


 私は秘密のベールのごとく前髪が顔にかかるように引っ張った。


「わかりました」


「……」


「……」


 私たちは見つめ合った。


 スターは固唾を呑んで私の言葉を待っている。


「漆黒の闇だけがそこにあった……」


 私はゆっくりと語り出した。


「しっこくとは?」


「漆のように黒い、真の闇さ――」


「かゆくなる感じの?」


「かゆくはならない――」


「かぶれたりもしないのですか?」


「かぶれもしない。鼻をつままれても分からない、本物の闇さ。闇以外は何一つ存在しなかった――」


「空気は? 空気もないのですか?」


「空気はある――いや、ない。闇以外は何一つ存在しなかった――。あまり細かく知りたがってはいけない……」


「どうしてですか?」


どうしてもだよ・・・・・・・


「なら……仕方がないですね……」


「やむを得まい……」


 私はけだるい表情で天井を見上げ、ため息を吐いた。


 そして続ける。


「それは純粋な闇だった。私はその闇の中に立ち尽くしていた。いつまでそうしていただろうか? 一時間、二時間……? いや、一週間は立ち尽くしていたのかも知れない……。気が遠くなるほどの時間が経った……」


「ごくり……」


「そしてふいに終焉が訪れた」


「来たのですか、魔物が?」


「来たさ……。来たさァ……」


「来たというのですね……」


「来たのだよ……。私がずっと待ちわびていた魔物――『宵闇の黒魔・二つの心臓を持つ盗まれた罪』がやって来たのだ……」


「んっ?」


「魔物がやって来たのだ……」


「魔物の名前、もう一回言ってもらっていいですか?」


「『狂い闇・翼の折れた魔は鎖を引きちぎって罪を心臓』がやって来たのだ……」


「1回目と2回目でちょっと違いますね……」


 私たちは視線を交差させた。


 スターの瞳は私を真っ直ぐに見ている。


 私は前髪を二回ほど手ぐしでとかし、陰の者の圧力を発生させた。


「いや……、どうだろう?」


「どうだろう、とは?」


「確信を持って言えるのかい?」


「えッ……?」


「本当に1回目と2回目が違うのかと聞いている」


「違う……と思います」


「本当に?」


 私は静かに、しかし追い詰めるように言う。


 壁ドン!


 スターは首を振り、小さく身震いして意見を撤回する。


「いえ……。同じでした。1回目と2回目は同じでした」


「明らかにね」


「はい、完全に同じです」


「構わんよ……」


 私はそう言って顔を上げた。夕刻の強い日差しが下宿の階段に差し込んで、あらゆるものの影を濃くしている。


 階下の酒場では宴の始まりの雑談がざわざわと聞こえ、音の境界を曖昧にする。


「語るには、よい時間ときだ……」


 などと悦に入っていると、スターの背後の階段の陰から、下宿の大家さんがこちらを見ているのに気がついた。


 口元がニヤついている。


 噂好きの老婆は、私たちの話を盗み聞きしているらしい。


「……っッ!」


 私は体温の上昇を覚えた。背中に汗もかいた。


「今日の話はここまでだ……」


 私は急いで切り上げることにした。


「えっ!? もっと聞きたいです! まだどうやって倒したのかを聞いていませんッ!」


「すでに話した」


「えっ? いつ?」


 私は彼女の耳元に口を近づけてこっそりと囁いた。


「あまりの恐怖に、きみの脳が記憶を消してしまったのだろう。覚えていると心が壊れる。これ以上聞かない方がいい……」


「ヒッ……」


 彼女は喉の奥で小さな悲鳴を上げ、青ざめた顔で私を見つめた。唇には髪の毛が一本挟まっていた。


 こんなドラマチックな怯え方をするやつは見たことがない。


 こいつ、なかなかの才能がある……。


 もっと話をしたいが、今日はここまでよ!




 ◆◆◆ そしてある冬の出来事 ◆◆◆



 

 この少女、スター・エトロのことはこれきり忘れていたし、二度と会うこともないと思っていた。


 だがしかし、冬になり、私は彼女の名をもう一度思い出すことになった。


 彼女の名は、国立魔法学園の入学試験一次合格者リストに載っていた。


 魔法学園の入試は国を挙げたイベントなので、進捗が新聞に掲載される。


 合格者リストには、私の一番弟子(仮)であるハルカ・モコモコーナや、魔法予備校の教え子であるウルミやシバリンたちの名もあった。


 どういうわけか、受験の年齢に届いていないはずのクク・ピリカラニカと、受験の年齢をオーバーしているマリモ・マリメッコも載っていた。


 王宮から追放された王女殿下の名前もあった。


 私にろくでもないいたずらを仕掛けてきた、あの王女殿下だ。


 今年の受験は波乱の展開しか予想出来なかった――。





††† あとがき †††††††††††††††††††††††††


 番外編まで読んでくれて、ありがとう。


 こんどこそ本当のフィナーレ、第1部は終わりだ。


 第2部は、私の弟子(仮)のエルフ娘・ハルカや、魔法予備校の荒くれ獣人ライカン少女たち、没落貴族のククとマリモ、それに問題児の王女殿下が暴れまくる話になる。

 

 引き続き読んでもらえると嬉しい……!


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 その一つ一つが私に届き、魔力となって――。


 次の旅への力となる――。


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