第56話 謁見の行方
ドガアァッ!
ドアの向こうでゴーレムが出現する音が聞こえた。
ベシ――――ンッ!
「うわ――――――! ハハハッ!」
バシ――――ン! ベチ――――ン!
「ハハハハハハ! ハハハハハハ!」
木のへらで尻を叩くような鋭い音――。そして悲鳴交じりの笑い声――。
私の謁見を引っかき回した不届き者は、思いっきりお尻を叩かれながら、
「失礼しましたね、チエリーさん。あの子は私の娘です。いたずら好きでよくああいったことをやるのです……」
女王様は物憂げな視線で言った。本当に困っている母親の顔だった。
私は思い出した。
女王様には一人娘がいた――。
だが、あまりにも問題児すぎて、小さい頃に王宮を追放されたとか、王位継承権を剥奪されたとか――。
なんかそんな噂を聞いたことがある!
「いえ……。王女殿下の遊び相手を務めることが出来まして、嬉しく思います」
私は背筋を伸ばして立派なことを言った。
心の中では怒り心頭で、『くっそ、私もあの
女王様は苦笑いした。
「ありがとう。そしてもう一つお礼を言います。あなたは王家の縁の者を救ってくれたそうですね。心から感謝します」
あっ……。ククのことか。
私はようやく合点がいった。王城にお呼ばれした理由はそれか。
あいつ結構義理堅いな。女王様に手紙でも送ってくれたのかな?
「お言葉ありがとうございます。クク殿下のお役に立つことが出来て、光栄に思っております」
「あなたは町では聖者と呼ばれているそうですね?」
存外の評価が伝わっているようで、慌ててしまう。
「それは……少し大げさすぎます。たまたま聖者の封印した魔物に関わったので……。聖者級の実力と噂されているだけです」
「そうなのですか?」
「はい」
「でも、報酬を度外視して困っている人を救っている……。そう聞きましたよ? 1ゴールドももらわずに、北方辺境の村を救いに行ったとか」
女王様は包み込むような笑顔で言ってくれる。
私は気恥ずかしくなってしまう。
「そ、それも……大げさです。たまたまそうなっただけです」
「たまたまですか?」
「はい。私は、故郷の村でからかわれたのが嫌で……村を出るために魔道士になりました。志が低かったものですから、自分の生活のための仕事ばかりして、精霊さんに嫌われて、魔力が底辺に落ちました。困っている人を救おうと思ったのは、ようやっとそれからです。精霊さんの信用を取り戻すための修行をしているにすぎません。信用を取り戻したら、また自分のための仕事をしてしまうかも知れません……」
私は過大な評価を謙遜するあまり、だいぶつまらない話をしてしまった。
せっかく女王様が喜んで下さってるのに、場を冷やすようなぼやき話をしてしまった……。どうしよう。
などと考えていると、女王様は温かなまなざしで言ってくれた。
「いいじゃないですか、それもまた聖者です」
「それもまた聖者、ですか……?」
「高い志と大きな力を持った人物は理想ですが……。そのような人物は世に生まれることはめったにありません。それよりも、聖者の心の欠片を持つものが一人でも多く生まれ、力を合わせて生きる――。そういった世の中が理想なのではないかと思います」
女王様はそう言って立ち上がり、歩み寄り、私の手を握ってくれた。
私は聖者の心の欠片くらい――、一粒くらいなら、なれているというご評価をいただいたのだった。
「ありがとうございます……」
私はしみじみと女王様の言葉を受け止めた。
「ククからは、あなたは人助けの資金でだいぶ苦労していると聞きました」
「あ、はい……。お恥ずかしながら、やりくりが上手ではなく」
ククに言ったっけ?
「そこは私が支援しましょう。これからも、困っている民の力になってもらえますか」
ええっ……!
魔力不足で、修行のために人助けを始めた私だったが。
もう、謙遜とか遠慮を言うような場面ではなかった。
私は頭を真っ白にして、若干噛みながら返答した。
「は、はい、承知いたし……ましました!」
いや、えらいことになったな。
私はそんなに立派な人間ではないんだが……。
女王様に期待をかけられたら、「いいえ!」とか「自信がないです」とは言えないよね。
がんばるしかないよね……!
女王様との謁見の後から、野次馬みたいに精霊が押し寄せて、私の瞳は投げ魔力のメッセージで賑やかになっていた。
『女王様の支援だって! 魔力:+800』『すごくない!? 魔力:+1100』『出世也。魔力:+2100』『イイネ! 魔力:+1500』『よきよき! 魔力:+1800』『私はチエリーを信じていたの! 魔力:+3000』『おもしろし! 魔力:+1200』『拡散! 魔力:+1000』『あの歌笑えた! 魔力:+2000』『やるでちね~。魔力:+5000』
私は馬車に乗せてもらって帰途につく。
支援の具体的な内容は、馬車の中でセバスチャンに教えてもらうことになった。
「魔物被害の対応は、公的には軍が、民間では冒険者に任されています。ですが、それだけでは救いきれない民がいます。女王陛下はそこに心を痛めております」
「それは私も感じた……」
世の中には、モコッチ村のような役所に捨て置かれた村や、冒険者を雇う金がない人々がいるのだ。
「そこで女王陛下は、既存の枠組みでは救いきれない民のために、ささやかな支援をしております」
セバスチャンは平たい箱を取り出し、蓋を開けた。
中には王家の紋章が描かれた表彰盾と、ワッペンが入っていた。
どちらも、紋章の下に『王家蜂蜜』という商品名が入っている。
「それは……?」
「王家の公領で経営している養蜂場の広告です」
セバスチャンはワッペンを手に取り、私の上着の肩や、裾にあてがってみせた。
「――なかなかお似合いです。お好みの場所に縫い付けていただければと思います」
「それを付けるとどうなるんだい?」
「チエリー様に広告費をお支払い出来ます。議会の承認のいらないゴールドです」
「なるほど……。資金援助の名目ってこと?」
「さようでございます。ご存知の通り、女王陛下は政治には関わっておりません。政治は民のものとする習わしですから、今は何をやるにも政治家の議決が必要で……いろいろ面倒になっております。王家で自由にゴールドを動かすには、ひと工夫が必要なのです」
「そういうことか……」
「いかがでしょうか?」
「十分だよ。こんなにしてもらって、本当に、何というか……」
私はセバスチャンから紋章のワッペンを受け取って、自分の肩に当ててみた。女王様の心配りの温かみを感じた。
「この盾のほうは所属ギルドにでも置いて下さい。遠回しではありますが、王家の信用を得ているという評判が、ギルドへの支援になるかと思います」
セバスチャンは微笑んだ。
狭狭亭のことまで考えていてくれたらしい。
「セバスチャンさん、ありがとう……。私、がんばるよ。女王様にもよろしくお伝えして欲しい――」
「かしこまりました」
セバスチャンは静かに、でも孫娘の出世を見るような視線でうなずいていた。
やがて馬車は狭狭亭に着いた。
私は馬車を降り、セバスチャンに挨拶をして、ギルドの玄関口へと向かう。
ピンク色の外壁の、花屋か菓子屋かといった入り口。
私がたどり着く前にドアが開き、受付嬢が現れた。
彼女は目を丸くして言った。
「すごいっ! 本当に馬車で来たんですねッ!」
あっ、そういえば――。
ククの依頼を受けたとき。
『次回は馬車で来るよ! 御者付きの!』
私はそんな冗談を言いながらギルドから出かけたんだっけ。彼女は覚えてたんだな。
「チエリーさん、どんな財宝見つけたんですか!?」
受付嬢は花が咲くような笑顔で言う。
私は彼女とハイタッチを交わしながら考える。
どこから話を始めよう――と。
『善き哉! 魔力:+1000』『イイネ! 魔力:+1300』『支援! 魔力:+1500』『支援! 魔力:+1900』『イイネ! 魔力:+2100』『今来た! 魔力:+1000』『チエリーの話が面白いの! 魔力:+3000』『めでたし! 魔力:+2000』『拍手! 魔力:+1000』『支援! 魔力:+1800』『拍手! 魔力:+2000』『拍手! 魔力:+3000』
女王様との謁見という特別イベントが興味を引いたらしく、多くの精霊が私と受付嬢の会話を見物にやってきた。
私の瞳に映るメッセージはなかなか止まることがなかった。
やがて投げ魔力が一段落すると――。
『チエリー・ヴァニライズ
魔力:73,208』
私の魔力は73,208に上昇していた。
この後私は、王家蜂蜜のワッペンを上着に縫い付けて働くようになった。
それによって世間からは、紋章の魔道士とか蜂蜜魔道士とか呼ばれるようになった。
底辺魔道士は廃業だ。
††††††††††††††††††††††††††††
私の話にお付き合いいただいて、ありがとう。
長いようで短い旅も一区切りだ。
この先は私の趣味の話『闇の番外編2』と、第2部の契機となる情報がある。
第2部は、私の弟子(仮)のエルフ娘・ハルカや、魔法予備校の荒くれ
引き続き読んでもらえると嬉しい……!
もし、あなたも
★評価、フォロー、ハートの応援ボタン、なんでもいい、押してみて欲しい。
その一つ一つが私に届き、魔力となって――。
次の旅への力となる――。
(★を押す用のページ)
https://kakuyomu.jp/works/16817139556809362097/reviews
††††††††††††††††††††††††††††
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます