第55話 ハメられたチエリー
寝癖少女に色々教わっているうちに、セバスチャンがやってきた。
「チエリー様、どうぞお入り下さい」
扉を開けられて、謁見の間に招き入れられる。
私は緊張の一歩を踏み出し、モザイク敷きの豪奢な床を歩いて行った。
カツカツカツカツ……。
ブーツの靴音が部屋に響く。
女王様は柔和な微笑みをたたえながら、玉座に座っていた。
赤い髪の上にティアラが輝き、直視出来ないような畏れ多さを感じる。
その髪色は初代女王から続く血筋の象徴――と聞いたことがある。
私は玉座の前まで行くと、素早く片膝をついて頭を垂れた。
「……」
女王様に声をかけられるのを待った。
「チエリー・ヴァニライズさんですね。よく来てくれました。楽にして下さい」
女王様は優しくおっしゃってくれた。
私は顔を上げ、挨拶の口上を述べる。
「本日は拝謁の機会を賜りまして、光栄に存じます、
ざわっ……!
部屋の空気が動くのを感じた。
女王様の両脇に立つ近衛兵と近衛魔道士が、身構えたような気がした。
なんだ……?
何か手順を間違えたかな? 王宮のマナーは難しすぎて、何を間違えたのか全然分からんが……。
私は間違いをごまかすために、急いで挨拶の次の段階へと進む。
――寝癖髪の少女は言っていた。
『挨拶の口上を述べたら、次は
『言祝ぐ? 難しいこと言うな』
『つまり、謁見の喜びを態度で示すのさ。詩を捧げたり歌を捧げたりするのが伝統的だ』
『なるほど――。吟遊詩人みたいなやつか』
『そうそう。女王陛下は、吟遊アイドルのアイニョーンの歌がことのほかお好きであらせられる。アイニョーンの歌を捧げるのがいいと思う』
アイニョーンは北方出身のエルフの歌姫だ。芸能に疎い私でも知っているし、なんなら振り付けも覚えている。
魔法学園の学園祭で、クラスの出し物をするということで、級友に無理矢理覚えさせられたのだ。
その経験が、こんなところで役に立つとは……!
いざ、言祝ぎッ!
私は勢いよく立ち上がり、アイニョーンの歌を歌い出した。
「風がー麦わら帽子を~吹き飛ばして~♪」
女王様は目を大きく見開きになられた。喜んでいらっしゃるようだ。
寝癖少女は言っていた。
『アイドルっぽく腰を振りながら歌うこと。寒いとか思って恥じらうとダメなんだ。いかに迫真に披露出来るかが、言祝ぎの秘訣なんだ』
私は腰を左右に振り、人差し指をびゅんびゅん振り回しながら歌い続けた。
「花がー咲いたよー。コーディアルの花が~♪ ああ~でんぐり返し~♪」
女王様や近衛兵、近衛魔道士に指を向け、ウインクしながら力一杯歌う。
かちゃり、と剣を抜く音が聞こえた。
近衛兵士が剣の切っ先を私に向けた。
「
近衛魔道士が呪文を詠唱した。
ブォン……!
女王様の前に蜂の巣状の魔法光が展開し、対魔道士用の結界が完成した。
なになにこれ!? どういうこと!?
何か私、不審者を相手にするような目を向けられてるッ!
いや、でも……。謁見の達人っぽい子が教えてくれたとおりに……。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
笑い声。
声の方を振り返ると、閉ざされた扉の向こうから聞こえていた。
あの声は……さっきの寝癖少女!?
どういうこと? なぜ笑う?
「ハハハハハ! ハハハハハ! ハハハッ! ゲホゲホッ!!」
笑いすぎて咳き込んだような音まで聞こえた。
まさか……!
ひょっとして私、ハメられたのか……!?
あいつ! でたらめなマナーを私に教えて笑ってるのか!?
背筋に冷たいものが走り、同時に顔が真っ赤になり、汗をかき、暑いやら寒いやらで地面が揺らいだ。
「ふうっ……。あの子のせいですか……」
女王様は大きなため息をつくと、柔和な笑顔を一変させて、
「やっておしまい!」
その声に応じ、近衛魔道士は私が聞いたこともない呪文を詠唱した。
「
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