第53話 最後の手紙

 それからどこをどう戻ったものやら、私はよく覚えていない。


 私はそもそも体力がないので、地底湖からの全力疾走で息も絶え絶えだった。


 野営場所の入り口に飛び込むと、洞窟が若干狭くなってるおかげで、入り口より大きい無敵騎士ゴーレムからは身を守ることが出来た。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!


 すごい音だった。そこまでは覚えてる。


 あと……。吹っ飛んできた破片をマリモが打ち返したような記憶もある。


雑巾返しダスター・パリィ!」


 剣を抜いて、わりとすごい技を使って破片を跳ね返していた。


 いや、とんでもないメイドさんだよこの人~。


 で……。そこからの記憶はあやふやだ。


 私はぐったりしながら、小さいゴーレムに背負われて運ばれてた。なんかもう歩く気力も体力もないので、往路と同じタイプの騎士ゴーレムを召喚して運んでもらってた。


 ククも運ばれてた。マリモは……。運ばれてなかったな。護衛やるとか言って剣を握ってたな。やはりすごい。


 ダンジョンの中はトラップが全力で起動していて、巨大な火炎と刃物がそこかしこで行き来していた。


 炎の光と刃物のギラつきでいっぱいの闇を眺めてるうちに、私はダンジョンの外にたどり着いた。


 あまりにも早かったので途中居眠りしてたかもしれん……。




 そして、気がついたら焚き火。


 びしょ濡れの服を木の枝にぶら下げて、みんな肌着になって火を囲んで座ってた。


 ククは元気だったよ。


「おまえたちみんなクビですぅ! あたしの言うことも聞かないで危ないことになって! ろくでなしの集団ですぅ! クビクビクビィー!」


 涙目で言いながら、マリモの膝枕に頭を乗せて、髪を拭いてもらってる。


 とてもクビって態度じゃない甘えっぷりなんだが、言葉以外がククの本心だからな。


 私は天を仰ぎ見た。


 もうすっかり夜で、樹木の向こうは美しい星空が覗いていた。


「まあでも、無事でよかったよ……。聖者のダンジョンに挑んで生きて帰って来れたんだから、それだけで儲けものってやつだ。財宝はなかったけど、だいぶ儲けたね」


 冗談めかしてそう言って、肩をすくめた。


「~~~~ッッ!」


 ククは目を潤ませ、唇をわななかせてる。


 今頃、生きてる実感が来たのかな?


「チ、チエリー……」


 ククが呼びかけてきた。


「ん……?」


「そ、その……。あ……」


 気まずそうに視線をさまよわせながら言う。


 なんだろう。ありがとう、とでも言ってくれるのかな?


 死線をくぐった経験が、彼女を素直にさせてるのかも知れない。 


「あ、あ……」


 ククは言いよどんでいたが、意を決したように私を見て、一気に言葉を吐き出した。


「チエリーは本当にクズでした! 一番のクズ! クズクビクズクビー!」


 おいいいいいい! そこは感謝してくれる流れじゃないのか?


 冒険を通して成長してさあ、心を入れ替えてさあ。ちょっと素直さを手に入れるところじゃないの?


「おまえが地図を確認してたら、こんなことにはならなかったですぅ! 全部おまえの手抜きのせいですぅ!」


「いや、そりゃそーだけど、見せてくれなかったじゃねーか!」


「それでも確認するのが護衛の務めですぅー!」


「むちゃくちゃ言いなさる」


「クビクビクビクビ――!」


「ククさんっ! 控えて下さい! そのコミュニケーションは誰にでも通じるわけじゃありませんよッ!」


 見かねたマリモがたしなめた。


「やかましいですぅ! おまえはとっくにクビですぅ! 偉そうな口を利くなっ! ゴミめっ!」


「ククさんっ!」


 ギャー! ギャー! ギャー! ギャー! ギャー! ギャー! ギャー! 


 二人は口論を始めた。


 まったくもう……。


 でもまあ、もとと変わらないくらいククが元気なのはよかったよ。


 私は再び夜空を眺めて、人の心の機微に思いを馳せた。




 焚き火の周りで一晩過ごし、私たちはロバに引かれて王都に帰還した。


 私が下宿にたどり取りついたのは、お昼過ぎになってからだった。


「……」


 何とか生きて帰ってきたという安堵感――。


 生活感のある下宿の部屋が、耐えがたく懐かしい。


「とりあえず着替えるか……」


 ベッドに倒れてしまいたかったが、泥と砂がこびりついた服は脱いでおかないと後が面倒だ。


 くたくたに汚れた上着を脱ぎ、洗濯前の習慣で、ポケットを確認した。


「……?」


 中から、大きな木の葉が出てきた。  


 ひっかき傷みたいな筆致で、文字が書いてあった。




『チエリーへ。

 ククとマリモを救ってくれてありがとう。

 ククは本当はあなたに感謝していますよ。

                精霊より』




 私は微笑んで、しばらく木の葉を眺めた。


 窓の光に透かしてみたりもした。


 それから手帳を取り出して、ページの間に挟んで押し葉にすると、引き出しの中に大切にしまった。




 厄介な依頼人、クク・ピリカラニカとの逸話はこれで終わり……。


 と私は思っていたのだが、まだ終わらない。


 驚くべき後日談があるのである。




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 ここまで読んでくれてありがとう。


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 その一つ一つが私に届き、魔力となって――。


 次の依頼への力となる――。


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