第48話 聖者戦2:スタンピードと王都防衛

 かつて魔物暴走スタンピードと呼ばれる災厄があった。


 その災厄は数百年、あるいは数千年周期で発生するという。


 魔物暴走スタンピードの周期に入ると、魔物は凶暴化し、棲息地を広げるために大暴走を始め、天と地は魔物の影で埋め尽くされるという。


 魔物暴走スタンピードは、生きるものの命を全て刈り取るまで終わらないとまで伝えられている。


 その最後の大発生があったのが、およそ500年前。


 シャフトロニカ王国建国時代の話だ。


 数千年ぶりとも言われるほどの巨大な魔物暴走スタンピードに、人類は滅亡寸前まで追い込まれた。


 その窮地を救ったのが、初代女王と聖者たちなのは、よく知られているところだ。


 魔法学園の教科書によれば、聖者・猫魔道士ニャニャンはトラップを駆使する戦術家だったという。


 魔法で起動するトラップを考案し、町や都市の防衛に絶大な効果を上げたそうだ。


 そのときの最高傑作にして最終兵器が、『王都防衛用・魔物殲滅大洞窟』――。


 通称、『魔物ホイホイ』――。


 これは王都周辺に8つほど配置されて、天地に溢れる魔物を吸い込んで、スライムの一匹も残らず殺し尽くしたと言われる――。


 私たちはその防衛兵器の中にいるのだった。




「クク! マリモ! ここは宝のありかじゃない――――ッ! ここは魔物ホイホイだッ!! 殺されるぞ――!!」


 私は悲鳴のように叫んだ。


「ええっ!!」「コヒュ―――!」


 二人は驚愕の表情だった。魔物ホイホイの名は絵本やおとぎ話でも語られて、子どもでも知っている話だった。


「宝の地図じゃなかったんだ、あれは! 魔物ホイホイの地図だッ!」


 ピリカラニカ家の屋根裏に残されていた地図は、いつかまた来る魔物暴走スタンピードに備えた、防衛兵器のありかだったのだ。


 ククが頑なに見せてくれないから、私も確認を怠ったのが失敗だった。


 おそらく古代エルフ語か何かで……魔道士にしか読めないような説明があったに違いない。


 ザザザザザザザァァァァ…………。


 水音……?


 あちこちで水音が聞こえる。滝のような、水が注ぎ込まれるような音が鳴り出した。


「チエリーさん、水位が増えてますッ!」 


 マリモは目の前の水面を指差した。確かに、じわじわ水際が広がってくる。


 ザザザザザザザァァァァ…………。


 背後からも水が押し寄せてきた。


 私たちがさっきまでいた野営場所から、マリモが支度中だった食事など、軽いものが水に乗ってやってくる。


 パンやチーズ、スープのカップがくるくる回りながら地底湖の中に流されていった。


 私とマリモは足下を掬われないように腰を落とした。


 ニャニャンのトラップは、ここにいる全員を溺れさせるつもり・・・・・・・・・・・・・・・・なのかもしれない。


 一体どうしたら……!?


 魔力はもうない。


 殺すためだけに作られたトラップの中で、私は何ができる……!?


 チチィ――……。


 胸元の精霊石が小さく共鳴した。


 私の瞳に魔法の光が走った。精霊さんからのメッセージが降ってくる。


『チエリーがトラップに掴まってるっ! 魔力:+1000』『助けがいるの!? 魔力:+1500』


「そ、そうだっ! 助けがいるっ!」


 あまりに混乱して、失念していた。


 私は魔道士。一人ではない。精霊さんの力を借りて、魔法を使う魔道士なのだ。


 私は精霊石に語りかけ、告白の儀式コンフェッションを始めた。


「頼む精霊さんっ! 魔力を貸してくれっ! 私は今、猫魔道士ニャニャンの魔物殲滅大洞窟の中にいる! 王都を守るために作られた、最終兵器だッ! 宝の地図と間違えてここに来て、捕らわれてしまった!」


 私は精霊石を手に取って、精霊さんにククの姿がよく見えるように持ち上げた。


「あそこでかぎ針で磔になってるのが、依頼人のククだ。ククを助けるためには魔力がいる! 攻撃力3000近いかぎ針が次々飛んでくる――」


 精霊さんたちは精霊石を通じて、ククの姿を見つめている気配だ。


 タイミング悪く、ククが口汚い声を上げた。


「コヒュー! 早くしやがれですぅ! のろまども! とっとと助けないと、コヒュー! 報酬は1ゴールドですよ! コヒュー!」


 泣きながら精一杯の虚勢で言っているのだが、精霊さんに大きく誤解されてしまった。


『のろまとは何事ぞ? 魔力:-1000』『さっきのひねくれ娘か? 魔力:-180』


『ひどい目に遭ってる! 魔力:+1000』


『性格悪し。魔力:+10』


『どんな子でも助けは必要よ! 魔力:+1500』


『暴言吐いてた娘也。魔力:-100』


『待つの! あの子はいいところもあるの! 魔力:+2000』


『拡散! 魔力:+700』


 私のような底辺魔道士は不人気なものだから、常に精霊さんに見られているわけではない。


 告白の儀式コンフェッションを行って、初めて私に目を向けてくれる精霊さんも多い。


 そのため、ククの人となりが途切れ途切れにしか伝わっていない。


 木の葉の手紙に書かれたククの本心は多くの精霊さんが知らなくて、ククの印象は投げ魔力に響くほど悪かった。


 だがそれでも。


 私は、ククを助けるための力を精霊さんに乞わなければならない――。


 ズン……。


 ズン…………!


 何か危険な重低音が近づいてくる。地底湖の闇のその向こうで、また新たな機巧が起動したようだった。


「……!!」


 マリモは異変を察知し、動き始めた。


 水を蹴散らしながら野営場所に駆け戻り、装備を拾い始めた。


 食卓のテーブル代わりにしていた大盾。


 そして、鈍く輝く長剣――。


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