第47話 聖者戦1:真・ダンジョン

耐久付与呪文ディフェンス・エンチャント!!」


 私は呪文を詠唱した。


 迷っている暇はなかった。魔力を惜しんでいる暇もなかった。相手は伝説の聖者のトラップだ。


 私は持てる魔力の全てを費やして、ククの防御を高めた。


『クク・ピリカラニカ

 耐久:2900』


 ククの耐久は2900になった。騎士の鎧15個分ほどの防御力だ。


『チエリーヴァニライズ

 魔力:0』


 私の魔力は2900から0になった。




 ビュオウッ……!!




 空気を切り裂く音を立て、銀色の輝きがククに迫る。私たちは既に地底湖に向けて駆け出していた。


 トラップは刃物ではなかった。


 鎖に繋がれた巨大なかぎ針……!


 まるで船の碇のような巨大かぎ針が飛んできて、ククの身体を引っかけた。


 ザシャァッッッ!


 鎖が引かれていく。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ……!!


「キャアアアアアアアアア!!」


 ククは水底を引きずられ、悲鳴を上げた。水しぶきと魔物の骨片をまき散らしながら、闇の中へ連れ去られようとしている。


「ククさんッ!」「クク――!」


 ガンッッ!!


「うぐうっッッ!!」


 ククは水底から突き出していたドラゴンの背骨に叩き付けられた。


 ミシッ! ギリリィ……!


 かぎ針は深くドラゴンの背骨に食い込んで、ククは磔状態になった。


「大丈夫か、ククー!」「ククさんっ!」


 私たちは猫の足跡ギリギリの水際までたどり着いた。


「早く助けるですぅ~~~!」


 ククは顔をゆがめ、呻いた。太いかぎ針が鉄の腕のようにククを抱き込んでいる。


「怪我はないですか、ククさんっ!」


「ないですぅ! とっとと助けるですよ、のろまども! 早く助けないと報酬を減らしてやるですよ! 5ゴールドにしてやるですぅ!」


 その悪態の様子だと、身体に異常はないようだ。


 何をどう対応することもできなかったが、耐久付与呪文ディフェンス・エンチャントを全力でかけたのは正解だった。


『クク・ピリカラニカ

 耐久:200』


 巨大なかぎ針の衝撃を受けて、耐久が2700ほど吹っ飛んでいた。


 私はステータス表示呪文を使うとき、人間が元から持っている生命力や耐久の表示を省略している。それはあまりにも数値が小さくて、戦闘の読みに役に立たないからだ。


 ククの生命力は100もないだろうし、防具の耐久は50もないだろう。


 いずれにしても、耐久付与呪文ディフェンス・エンチャントをかけていなかったら即死だった。


 本当に危ねえ……。


「チエリーさんッ!」


 マリモが今にも飛び出しそうな表情で私の顔を見てきた。


 私は手で遮って押しとどめた。猫の足跡から前に出るのは絶対に止めた方がいい。


 そしてこういうときのために、こいつがいる――。


「ゴーレム! ククを助けに行けッ!」


 私は魔道士の杖で指し示して、ゴーレムに命令した。今の私は魔力0だったが、最初に召喚したこいつは問題なく使役出来る。


 カシャンカシャンカシャンカシャンカシャン……!


 背後からゴーレムがやって来て、水中に踏み込んだ。


 バシャッ。ジャポッ。ジャポッ。ザポッ……。


 ゴーレムは浅い水に波を作りながら進んでいく。


 人の背丈を超えるほどの鎧騎士の後ろ姿は、いかにも頼もしく見えた。




 ビュオウッ……!!




 巨大な船の碇のようなかぎ針が飛んできた。


 パンッ!


 ゴーレムの上半身がかぎ針の直撃を受け、陶器のように砕けて飛び散った。


 ガチャンッ!


 下半身がかぎ針に絡め取られ、鎖が引かれ、闇の向こうへと連れ去られていく。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ……!!


 ゴーレムの下半身はドラゴンの背骨にも引っかからずに、それを乗り越え、ククのいる場所のさらに向こうへと連れ去られていく。


 救出失敗だ……。あのゴーレムの耐久は500くらいだから、仕方がないと言えば仕方がない……。


「コヒュー!」 


 ククはあえぎながら身じろぎし、ゴーレムの行き先を振り返った。


 ゴウン……!


 何だろう? 何かの駆動音が聞こえた。


 ゴウンゴウンゴウンゴウンゴウンゴウンゴウンゴウン…………。


 ゴーレムが連れ去られた闇の中で、ヤバそうな仕掛けが動き出していた。 水面に白波を立て、歯車のような、巨大な石臼のような、謎の機巧が回転を始めていた。


 ジャリジャリ! バキバキバキバキ! ザリザリザリザリザリ……。


 巨大石臼に巻き込まれ、ゴーレムの下半身は粉々にすり潰された。


 ゴーレムを手放したかぎ針は闇の中へと戻っていった。


 何だこのトラップ……! 殺意高いな……!


 ひょっとしてこの地底湖を埋め尽くしている魔物の骨は、全部あの機巧にすり潰されたものなのだろうか?


 なんかおかしくない?


 ククの言うとおり、魔物の素材が宝なのだとしたら……、ああやってすり潰す意味が分からない。


 あんなことをしたら素材として使えなくなってしまう。


 他にも違和感はあった。


 ここに来る道中のトラップも、やけに大がかりではなかったか?


 家一軒をぶった切る大きさのギロチンなど、財宝の警備にしては大きすぎる。盗賊相手にあそこまでする必要ある?


 あれらは宝を守るための仕掛けというより……。


 魔物を相手にする仕掛けのような……。


「コヒュー! コヒュー! コヒュー! コヒュー!」


 ククは蒼白な顔になり、涙をボロボロこぼして過呼吸になっていた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。


 細かな振動が発生し、地底湖が波立った。




「ニャンニャカニャ~~~~~~~~~ン♪」




 洞窟の中に、猫魔道士ニャニャンの声が響いた。


 先程聞いたのと同じ、楽しげなファンファーレ調だ。だが、今の空気に全く不釣り合いで、不気味さを感じた。


 そして、先程とは違う言葉が続いた。




「王都防衛用・魔物殲滅大洞窟、起動なの~~~~~~~~♪」


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