第46話 木の葉で伝えるククの心


「何か大変だね、マリモも」


 私はククが遠くに行ったのを見計らって、ぼやいた。


「そう見えますか?」


 マリモは大盾をひっくり返してテーブル代わりにし、食事の準備を始めていた。ナプキンを敷いて、パンをナイフで切っていく。


「よくあんな意味不明な感情表現に付き合ってるなあって」


「子どもの時からの腐れ縁ですから。私の母がククさんの乳母なんです。姉妹みたいにして育ちました」


「そういう事情だったのかあ。家族みたいなものなんだね……」


「私にはククさんと同い年の妹がいたんです。赤ん坊の頃に流行病で亡くなってしまいました。私も小さかったのでよく覚えてませんが……どことなくククさんと重ねてるのかも知れませんね」


 マリモは水筒のスープをコップに注ぎながら、愛おしそうに言う。


「なるほどねえ……。それじゃ、どんなわがまま言われても聞いてあげたくなるね」


 私は微笑んだ。


「そうは言っても、ククさんには何度も泣かされましたよ。こんなご主人嫌だって思って、出て行こうと思ったこともあります。いえ、実際に出て行ったこともあります」


 マリモは苦笑いした。


「ははっ、苦労してるんだねぇ」


「でも、そのたびに精霊さんから手紙が来るんですよ。ククさんは王家の血筋ですから、精霊さんに守られてるんですよねえ」


 マリモは謎めいた話を始めた。


「えっ、何々? どういうこと? 精霊さんから手紙が来るの? マリモって精霊さんと交流ができるの?」


「そのようですね」


 マリモはこともなげに言う。


「ええ~~! そんなの初めて聞いた。魔法学園でも聞いたことのない話だ。精霊石を使わないと精霊さんとは交流出来ないと思ってたが――」


「そうなのですか?」


「いや、でも。前から不思議に思ってたんだ。初代女王は、精霊石の仕組みを作る前、どうやって精霊さんと交流してたんだろうって……」


 私は期せずして、投げ魔力スパチャリオンの秘密に迫る話に突き当たったのかもしれなかった。


「手紙、見てみますか?」


 マリモは自分のリュックに手を突っ込み、手帳を取り出した。


 ページをめくり、差し出してくる。


 そこには大きな木の葉が閉じられていた。


 押し葉だろうか? 古くて枯れかけているが――。


 ひっかき傷のような筆致で、木の葉に文字が書いてある。


『ククはほんとうはあなたにかんしゃしているのですよ。口下手なのでゆるしてあげてね。精霊より』


「こ、これが精霊の手紙……!」 


 私は興奮してきて、少し手が震えてしまった。


「それは私がククさんに罵られて、泣いていたときに届いた手紙です」


「ほお~~~!」


 私はページをめくった。別の木の葉を見てみる。


『ククがぼうげんをはいてるとき、小さくおじぎしてたら、あやまってるサインです。分かりにくいけどゆるしてあげてね。精霊より』 


「それは私がお屋敷を逃げ出したときに届いた手紙です」


 マリモは楽しそうに言った。 


「ククの取扱説明書みたいなものか……。本当に精霊に守られてるんだな……」


「沢山の手紙が届きました。私、全部取ってあります」


 確かにその通り、手帳は押し葉の厚みで膨らんでいた。


 マリモは嬉しそうに続けた。


「でも、これ全部ククさんの筆跡なんですよ」


「えっ!?」


「崩してあるけど、特徴が同じ字があります。さすがの私も気付きました。気付いていないふりをしてますけど」


「そ、そうなのか。精霊のふりして自分で手紙書いてるのか。ややこしいやつだなあ……」


「ククさんは貴族のプライドの悪あがきで素直になれないだけなんです。チエリーさんにも心の中では感謝してるはずです。ひどいことばかり言って申し訳ないですけど……。どうかよろしくお願いします」


 マリモは主人に代わって頭を下げた。


「ふふっ……。承知したよ」


 私はなんだか、ほっこりした気分になった。


 最初は高慢なお貴族様だと思ったけど。よく知ってみればかわいいところもあるな、と思った。


 ククのいる方向に顔を向けた。


「……?」


 ククは地底湖のほとりに立ち、変なことをしていた。


 シャベルをぴいんと差し出して、水中から何かをすくい取ろうとしている。シャベルは猫の足跡から向こうに出ていた。


 何してるんだ!? ドラゴンの牙でも拾おうとしてるのか!?


「ク……!」


 驚いて声をかけようとしたその瞬間。


 ククは滑った。足下が濡れていたのか、靴底をこちらに見せながら、前のめりに水の中へと転がり込んだ。


 バシャァッ!!


 水しぶき。


 ククは完全に猫の足跡の向こうにいる。


「ククさんッッ!!!」


 マリモが叫んだ。


 チカッ!


 何かが光った。地底湖の闇から、凶悪なトラップがククめがけて飛来しようとしていた。


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