第45話 これが財宝だというのか!?

 突然の明かりに目を細める。


「これは……!」


 見えてきた光景に私は息を呑んだ。


「湖ですぅ!」「まあ!」


 地底湖が広がっていた。水は透明で幻想的に青い。


 そしてそこかしこに、巨大な魔物の骨が突き立っていた。


 宙を睨むドラゴンの頭蓋。巨大な背骨のアーチ。何かを掴もうとする腕の骨。針のように突き出た翼の骨。


 よく見ると地底湖は水たまりのように浅く、小さな魔物の骨や砕かれた骨が砂利底を作っていた。


「なんだろうここは? 魔物の墓場だろうか、気味が悪いな……」


 私は慎重に周囲を見回した。


「誰かいますか――――ッ!」


 マリモは剣と盾を構えて声を張り上げる。


「コヒュー! コヒュー!」


 ククも変な息づかいでスコップを振りかぶっている。


「ニャニャン! いるのか――――! 猫魔道士ニャニャン――――ッ!」


 私の呼びかけは洞窟の中に反響した。


「私は魔道士チエリー・ヴァニライズ! 王都からやって来た! あなたの地図に導かれてここへ来た! いるのなら答えてくれ――――ッ!」


 返答はない……。


「メルン・シャフトロニカの子孫、クク・ピリカラニカもここにいる――――っ! あなたが仕えた初代女王の縁の者がここにいるぞ――――ッ!」


 …………。


 やはり返答はなかった。


 今度はククが天井に向かって叫んだ。


「あたしがクク・ピリカラニカですぅ――――っ! 王位継承順第36番目ですぅ――――っ! ニャニャン、姿を見せなさ――――い!」


「…………」


「…………」


「…………」


 皆で固唾を呑んで待ったが、反応は何もなかった。




「とするとあれは、音声記録呪文オートチューンの一種かな。ここに誰かが来ると自動的に鳴る仕組みなんだろう。あたりが明るくなったのと一緒さ」


「そういうことですか……。500年前の聖者が生きてるはずもありませんものね」


 マリモは納得してうなずいた。


「だね……。でもあの声はたぶんニャニャンの声だろう。私たちは確かに、聖者の声を聞いた」


 歴史に名を残す聖者の肉声は、年端もいかぬ少女の声だった。


 このような舌足らずな少女が魔道士の始祖となり、人類を魔物の脅威から守り抜いたというのだから、とてつもない。


 私なんか当時のニャニャンより年上なのに、自分の生活すら守れない底辺魔道士をやってるしね。


 ニャニャンはどれだけすごいのよ。


「得がたい体験です……」


 マリモは精霊教会で祈りを捧げるときのように、手を組んで頭を垂れた。


「…………」


 さすがのククも聖者には敬意を払うのだろう、マリモに倣って手を組んで、小さく頭を垂れていた。


 私も彼女たちに続き、小さく祈りを捧げた。




 あらためて見回してみれば、周辺の地面に描かれたサインは、すべて猫の足跡だった。


 私は念のためゴーレムを歩き回らせて、見える範囲の猫の足跡を全てたどらせた。


 地底湖の水際にもサインが並んでいたので、そこまでゴーレムに確認させた。


 トラップは作動しない。


 この場所は完全な安全地帯のようだった。


何か大事な場所なんだろうな・・・・・・・・・・・・・ここは・・・。ニャニャンの声といい、たいまつ不要の明るさといい……」


 私はその大事な何かを探すため、周囲に視線を巡らせた。

 

 魔物の骨が転がる地底湖。その手前の、エントランスホール的なこの場所。


 岩肌は水で濡れ、魔法の光に照らされて青白く輝いている。

 

 魔物の気配などは何もなかった。


 洞窟につきもののコウモリもいないのは、長年密閉されていたせいかもしれない。


「あたしには分かったですぅ! ここが目的地ですぅ! あれが財宝なんですぅ!」


 ククは小さく跳ねながら地底湖を指差した。


「あれが? 魔物の骨しかないぞ……」


 私は目をすがめてククの指す方向を観察した。


「お馬鹿さんですね! 見たまんまですよ! ドラゴンの鱗とか牙が高値で売れるですぅ! 工房に持っていけば、ひと財産になるですよ!」


「そういうことですか!」


 マリモはぱっと顔色を明るくし、手を打ち合わせた。


「ん――。むむ。どうだろうか? 確かにドラゴンの鱗とか牙は素材になるから売れるけど……。500年前のやつだからなあ。ここ湿気とかすごいし、腐ってるんじゃないのかなあ……?」


「くだらない口を挟むなッ!! このデカケツッ!」


 ペシ――――ンッ!


「あッ!! 痛ッ――――!!」


 私はまたもや尻を叩かれて、鞭を入れられた馬みたいに嘶いた。




「でもククの言うとおり、ここが目的地かも知れないな。野営の拠点作ってもいいかもしれない。そのために用意された場所のような気がする」


 私は尻をさすりながら、リュックを肩から外した。


「では私がお食事の支度をしましょう」


 マリモは馬鹿でかいリュックを下ろし、食材を取り出し始めた。


「あたしはお花摘みに行くですぅ~」


 ククはスコップだけを持って地底湖の方に足早に向かった。


 いわゆるお手洗いということだろう。


「分かってると思うけど、あまり遠くに行くなよ。猫の足跡から向こうには絶対に行くな」


 私はククの後ろ姿に向かって呼びかけた。


「おまえのような下品女と違って、あたしにはたしなみがあるですぅ。できる限り離れるですぅ~」


「ククさん、猫の足跡から向こうには行ってはいけませんよ!」


 マリモも心配して念を押した。


「やかましいですぅ! この小姑どもめっ! あたしは猫の足跡の向こうに行ってやるです!」


 ククは暴言を吐きながら振り返った。


 その首は小さくうなずいていた。


 もぉおおお~~~。普通にしゃべれよぉおおおおおお~~~。




 ともかく、私たちは何となくふわふわした気分になっていた。


 目的地に着いたという喜び。安堵。


 そしてこれから始まる発掘作業と、その先にある報酬――。そんなことを考え、浮き足立っていたのだと思う。


 マリモはパンを手にして鼻歌を歌っていたし、私はマリモのそばにかがみ込み、世間話を始めた。


 お花摘みに行くククもスキップ気味の足取りだった。


 だが――。


 私たちは全員が間違えていた。


 この宝探しの旅は・・・・・・・・最初から全てのボタンを掛け違えていた・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 私はその事実に、ククの悲鳴とともに気付かされるのだった。



 

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