第41話 聖者級のダンジョン来ちゃった

「旦那様と奥様は貧乏暇なしですから、仕事で忙しくしていて、あまりククさんと話をする時間もありません。今回はお二人にも内緒の宝探しのようです」


「そっかあ……」


 私はククの方を振り向いた。


 木陰に座ったまま、水筒に口をつけてちゅうちゅうしてる。なんだか哺乳瓶をくわえてる子どもみたいにも見えた。


 忙しい父君と母君に代わって、サプライズの宝探し――。そんなことを考えているのかなあ、と思った。


 マリモに向き直り、伝えた。


「分かったよ。私は困っている人を助ける修行をしている。力にならせてもらうよ」


「ありがとうございます。今の話はどうか――内密ということでよろしくお願いします」


 マリモは口の前に人差し指を当てて言った。


「了解だ」


 私たちは木陰のククの元へと戻っていった。


「話は終わったよ。マリモから事情を聞いた。宝のありかも信用出来そうだし、依頼にも納得出来た。あらためて力にならせてもらいたい」


 私はククに向かって腰をかがめ、握手をしようと手を差し出した。


「話がずいぶん長かったですぅ。さぼってるんじゃないですよ」


 ククは座ったまま不機嫌そうに言った。


 握手は無視された。


「いや、すまない」


「とっとと働くですよ、お金が欲しかったらね・・・・・・・・・・?」


 ククはニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。


 こいつッ……。やっぱダメでしょこの性格……!




 それから私たちはロバの旅を再開した。


 私はまたもや頭から袋を被せられ、荷車の囚われの人となった。


 ククはどうしても宝のありかを秘密にしたいらしかった。


 ただ少し信用度は上がったようで、手首や身体に縄は巻かれなかったし、目の周りに布も巻かれなかった。


 どうせぐるぐる巻きにしても私を押さえつけることは不可能だという諦めかも知れないが。


 ともかく、いくらか乗り心地は快適になった。




 空気がひんやりとしてきて夕刻にさしかかった頃、ロバは終着地に着いた。


「到着ですぅ~~」


「ブルルル、プー!」


「もう袋取っていいのかい?」


「勝手にしやがれですぅ」


 相変わらず口悪いな……。


 私は袋を取った。


 そこはミルク色の霧が立ちこめる森の中だった。


 ククは地図を片手に駆け出して、大きな樹木の向こうにある岩肌を叩いた。


「ここです、ここが宝のありかですぅ!」


 森はそこで行き止まりになり、岩肌が崖みたいにそそり立っている。


「チエリーさん、ここが猫魔道士ニャニャンのダンジョンの入り口なのです」


 マリモが説明してきた。


「猫魔道士ニャニャン!」


 私は思わず声を大きくしてしまう。


 それは建国時代の聖者の一人。全ての魔道士の始祖であると教科書で習う人物だ。


 人類と精霊の契約は、初代女王のメルン・シャフトロニカが行った。


 その契約に基づき、世界初の精霊石の使い手となったのが、猫魔道士ニャニャンだ。


 なにしろ実験台みたいなものだから、そのリスクを引き受けた勇気は今でも称えられている。


 ニャニャンの親友で、2番目の魔道士となったのが、闇魔道士クロエ。


 クロエは静寂の森サイレント・フォレスト巨大歩きキノコボス・マイコニドを封印した人物なので、私にとってはどことなく身近だ。


 初代女王メルン・シャフトロニカ。


 猫魔道士ニャニャン。


 そして闇魔道士クロエ。


 この3人の聖者が人類を魔物の脅威から救い、王国の礎を築いたと伝えられている――。


 私は荷車を降り、岩肌を確かめに近寄って行った。


 歴史に近づく感慨とともに、疑問が口をつく。


「でも待って……。ニャニャンの伝説って偽物が多いぞ? ニャニャンが作った泉とかニャニャンの温泉とかめちゃくちゃ多いけど、だいたいは土地の人が勝手に名乗ってるだけだって聞くけど……」


 はっとして足を止める。


 岩肌の一箇所が霧の中に光を散らし、ぼんやりと発光していた。


 風雨や苔などの浸食を受けないように、魔法の加工がしてあるみたいだった。


 古代エルフ文字の文章まで刻まれていた。


「ええ~!? 本物? マジで?」 


「当たり前ですぅ。ありがたい仕事ができて感謝するのですよ?」


 ククは地図をひらひらさせ、鼻の穴を膨らまして自慢している。


 しかしその自慢も許せる気になってしまう。


 聖者の遺構はだいたいが精霊教会から聖地認定されていて、新発見の場所なんかめったにないのだ。


 未発見の聖者遺構なんて、存在自体が既にお宝だった。


「でもどうやって入るんでしょう? 入り口が分からないですね」


 マリモは周辺の岩肌を調べて回っている。 


 私にもよく分からなかった。左右を見ても、反り返って上を見ても、ただただ岩肌が続いているだけだった。


「ククさん、その地図を見せてくれないかい?」


 私はククに近寄って、手を差し出した。


 びしっ!


 ククに手をはたき落とされた、


「汚らしい手を伸ばすんじゃないですよ? おまえは信用出来ないです。これは誰にも見せないですぅ」


 こいつッ……!


「いや、そう言われてもさあ。手がかりなしで入り口探せって言われても……」


「そこを何とかするのがおまえの仕事ですぅ! その空っぽの頭を必死に振って知恵を絞り出すですぅ!」


 ククは宝物みたいに地図を握りしめ、私から遠ざけるように背を向けた。


 くっそ、こいつ腹立つな。


 でもまあ、近所の子どもたちに馬鹿にされてひねくれた少女に腹立てるのも大人げないと思い、私は深呼吸をして心を鎮めた。


 そして、岩肌に刻まれた古代エルフ文字の解読に取りかかった。


 魔法学園で習ったけど。苦手なんだよなぁ……。


「えーっと……」


 空っぽの頭を必死に振りながら、30分くらいかけてなんとか解読した。




 壁面には古代エルフ文字で、こんなことが書いてあった。


『その時が来たら、ここに魔力を充填するといいの。できるだけ沢山』


 その時が来たら? どういう意味だろ。宝を取り出す時のことかな?


 よくわからないが――。


 充填すると言ったら、魔道士にとっては一つの呪文しか思いつかない。


 私は魔道士の杖をベルトから引き抜いて、岩肌に当てた。


魔力充填呪文チャージ!」


 呪文の詠唱に反応し、杖先から激しい光がほとばしる――。


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