第40話 ククはなぜひどい性格になったのか?


「ピリカラニカ家は実は――没落貴族なのです。ものすごく貧乏で、ククさんは子ども達に馬鹿にされてひねくれてしまいました」


 なんかおもしろそうな話が出てきちゃったな。




我々の住むシャフトロニカ王国は、代々女王が治める国だ。


 しかし現在、君臨すれども統治せずが慣習になっていて、政治は民に任されている。


 つまるところ、民主制というやつだ。


 その慣習ができあがる過程で、王家や貴族は様々な特権を手放していった。


 領地や税収であったり、統治に関わる一切合切だ。


 大抵の貴族は生きる糧を別な方向に求めることになり、役人になったり、商売や農地経営をして生きている。


 だが、失敗してしまった貴族もいると聞く。


 それがいわゆる没落貴族――。


 新しい時代に乗り損ねた人々だ。




「でもピリカラニカ家ってそんなに没落してるの? 屋敷も二階建てでバルコニーまであって立派だし、見た感じ全然分からなかった」


 私は先日屋敷を訪ねたときの印象を口にした。


 マリモはうなずいて、答える。


「昔はあのあたり一帯がピリカラニカ家の土地だったといいます。商売に手を出して失敗し、土地を切り売りしてしのいでいるうちに、庭もなくなり、門もなくなり、玄関の目の前が街路になるくらい落ちぶれてしまったそうです」


「へぇ~。そうだったんだ」


「あと、あの屋敷、ほとんど前しかありません」


「どういうこと?」


「前から見るとそれなりに部屋数が多い屋敷に見えるのですが、横から見るとすごく薄いです。0.5部屋ぶんの厚みしかありません。後ろ側の土地を売ってしまったので、演劇の書き割りみたいに薄っぺらくなっています」


「えぇ? それは気付かなかった」


「貴族のプライドがあって、せめて前から見たときは大きく見せたいと思って、ギリギリを攻めた売り方をしたようです」


「嵐とか大丈夫なの?」


「風のある日は揺れて酔いますよ。いつかばらばらになってしまうに違いありません」


「ふふっ……」


 私はニヤついてしまった。高慢なお貴族様だと思ったら、苦労してるんだね。


「まあ、クスッてなりますよね……。そんな感じで町の人たちからもピリカラニカ家は馬鹿にされているのです。お仕えしている私は残念でなりません……」


 マリモは大きく息を吐いた。


「あっ、すまない……。私も思わず笑ってしまった。思慮が足りなかった」


「いえ、仕方ないことです。おかしな家に住んでいるのは事実ですから」


「いや、でも……。家庭の事情を笑うのはよくないことだ。謝らせて欲しい……」


 私は頭を下げた。


「お気遣い、ありがとうございます」


「本当に申し訳ない……」


 反省した。雇用主相手に失礼すぎるしな。何より困っている人を笑うなんていけないことだな。


 客観的に見るとおもしろいけど、当人たちにとってはしゃれにならない出来事なのだろう。


 先祖伝来の土地を売るなんて、相当辛い思いをしたに違いない。


「そういう暮らし向きですから、ククさんは小さい頃から近所の子どもたちに馬鹿にされ、性格がねじ曲がってあんなふうになってしまいました」


「そっか……ワケありだったんだな……」


「そうなんです……」


 マリモは悲しそうにうなだれて、続けた。


「ククさんは近所の子どもたちから、ペラペラ屋敷に住むペラリーと呼ばれています」


「へぇー……」


 私は頬がニヤつきそうになるのを感じた。笑っちゃいけないって思うと、しょーもないことがツボに入りそうになる。


「ひどいですよね。ククとペラリーなんて一文字も関係ないじゃないですか」


「そうだよな。ひどいあだ名だ」


「子どもは残酷です。人を傷つけるような、本質をついたあだ名を簡単に口にしてしまいます」


「まったく、よくないな」


「ちなみに私は、貧乏メイドのビンボーンって呼ばれてます」


 ちょっと待って、だめだってこれぇ。


「んごほんッ!!」


 私は激しく咳き込んだふりをして顔を背け、笑い顔を一瞬で隠した。


「私たちが町を歩くと、『ペラリーとビンボーン』って呼ばれて……。まるでお笑い芸人みたいじゃないですか。変な呼び方しないで欲しいです」


「よくない、よくない。んんッ! ごほッ! んんッ!」


 私は咳が止まらなくなったふりをして、崩れそうな表情を別な表情で覆い隠した。


 ツボに入りかけて危なかったので、私はビンボーンに背を向けて空を仰いだ。


 そして身体をほぐすように屈伸運動をして、気持ちを落ち着かせた。


「大丈夫ですか?」


 マリモが聞いてきた。


「うん。唾が気管支にね」


「そうですか」


 マリモは納得したようにうなずいて、話を続けた。


「今回、屋根裏から宝の地図を見つけたことで、ククさんは財宝を手にしてピリカラニカ家を再興しようとしているのです。自分を馬鹿にしてきた近所の子どもたちを見返してやろうとしているのです」


「そういう事情だったんだね……」


 ククも底辺の環境ってわけだ。底辺魔道士から浮上しようとしてあがいている私は、ちょっとだけ共感するところがあった。


「ククさんはあの通りひどい性格をしていますが、チエリーさんにはぜひ力をお貸しいただきたいのです」


「ちなみに父君と母君は?」


 私は気になって尋ねた。


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