第38話 縛られたチエリー、ご主人に罵られる

「財宝の情報は一切秘密なのです。目的地も、道順も!」


 マリモは言いながら、私の手を縛り始めた。


「到着まで絶対にほどいてはなりません!」


 そう言って、今度は上半身を縄でぐるぐる巻きにしてきた。


「そこまでするのぉ~?」


 囚人みたいじゃんこれ。


 ギュッ!


 力強く縛られ、中身が出そうになったが、朝食を食べていないので大丈夫だった。


「では、ご案内します……」


 マリモが手を引いてきた。


 私は長年慣れ親しんだ下宿の階段を、子どもみたいにおぼつかなく降りていった。


 えぇ~? これドッキリじゃないよね?


『この依頼、嘘でした~!』とか言って、落とし穴に落とされて貴族の慰み物にされたりしないよね?


「足を上げて下さい、に乗ってもらいます」


「う、うん……」


 ギシッ……。


「そこに腰を下ろして下さい」


 馬車の椅子に座るのかと思ったら、どすんってなって、ぼろっちい板に直座りだった。


 これ荷車じゃん……。


「出発します。はいよー!」


「プヒー!」


 鳴き声はロバだった。私は村娘の頃に見たことがあるから、この間抜けな声が馬じゃないこと知ってるんだ。


 こうして私は頭に袋を被されて、縄でぐるぐる巻に縛られて、ロバの荷車でどこかに連れ去られていった。




 ***




 そして、今に至る。


 乗り心地は最悪――。悪路でばらばらに分解しそうな荷車で、何時間も揺られてる。


 化粧までしてウキウキしてた早朝の私に教えてやりたいよ。


 そんなもん一つもいらないって。どうせ袋被せられるから、寝癖でもいいし、よだれの痕ついてても問題ないよ。


 どうなっちゃうのかな、これ。


 視界を奪われていると不安ばかりが膨らむ。


 本当にこれ、貴族の依頼なんだよね?


 馬車とか言われてロバに乗せられるの意味が分からないし。


 マリモはさっきから何を聞いても答えてくれないし。


 同行している『主人』とやらも変なやつだし。


「あの……。ご主人? 私はずっとこのままなんだろうか? せめて手の縄をほどいてくれないだろうか? 揺れたときに転がり落ちそうになるし、今は鼻がかゆいんだ」


 私は何度目かの陳述を試みた。


「我慢するですぅ。おまえは信用出来ないですぅ」


 マリモの主人――クク・ピリカラニカが答えた。


「護衛するからには信用して欲しい。冒険者ギルドにも守秘義務はある――」


「黙りやがれですぅ。使ってもらえるだけでありがたく思うがいいですぅ」


 これだよ~~。


 嫌なタイプの貴族だよ。いまどきこんな貴族いるのかな?


 声の感じからするとけっこう若い女性のような雰囲気もある。


 この依頼、本当に大丈夫なんだろうな?


 これやっぱりドッキリなんじゃないの?


 到着したら落とし穴に落とされて、貴族の子弟たちがグラスでワイン飲みながら笑ってるような、ろくでもない見世物にされるんじゃないの?


『楽しかったよ、これは取っておきたまえ』とか言って端金渡されたりしないよね?


 そんなことされたら泣くぞ……!




 最初のうちはククとマリモがロバにまたがっていた気配だったが、ロバが「プヒィ~~!」と哀しくあえぎ始め、乗るのをあきらめたらしい。


「使えない駄馬ですぅ~」


 ククがぼやいた。


 二人はロバを降りて、手綱を引いて歩き始めた様子だった。


 ひそひそと会話をする声が聞こえ、私は耳を傾けた。


「ククさん、もうちょっと大きな馬は借りられなかったのですか?」


「仕方がないですぅ。貸し馬車は高いですぅ。これしかいなかったですぅ」


「それにしても荷車は泥だらけだし、まるで農作業に行くみたいじゃないですか」


「そのへんの農家からパクってきたから仕方ないですぅ」


「パクってきた? まさか盗んだのですか?」


「人聞きの悪いことを言うなです。徴発したですぅ。貴族に許された特権ですぅ~」


「えっ! 今はそんな特権ないですよ。貴族に特権があったのは昔のお話ですよ」


「か、かまわないですぅ! お宝を見つけたらゴールドをつけて返してやればいいですぅ! 農家なんか貧乏だからゴールドもらえば大喜びで頭下げてくるですぅ」


「ククさんッ! そういう考えはダメです!」


「やかましいですぅ。おまえは黙って言うことを聞いていればいいですぅ。分け前が欲しかったら大人しくしてるですぅ!」


「私は分け前が欲しくてついてきたのではありませんっ!」


「きれい事を言うなですぅ」


「ククさんッ!」


 二人はギャーギャーと口げんかを始めた。


 主人に口答えするメイドというのも珍しい感じだが、主人が非常識なやつなので諫めるのは当然とも言えた。


 なんかさあ。この依頼人、ろくでもないんじゃね?


 大人しくついていったらひどい目に遭いそうだぞ。


 わかってきた――。


 この依頼が何度も、冒険者側からキャンセルになっていた理由。


 あれはマリモの腕試しのせいだと思ってたけど。


 本当の理由はククのせいかもな。


『依頼人がめちゃくちゃ気難しい女の子』ってククのことじゃないかな?


 私は二人の口げんかに割って入る形で声を上げた。


「すまないがご主人! 話が聞こえてしまった。私はロバ泥棒の片棒は担げないぞ。今回の依頼、もう少しきちんとした説明が欲しい! ダンジョンの財宝探しというのも本当なのか? わけも分からず連れて行かれて、泥棒の手伝いさせられたらたまったもんじゃないぞ!」


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