第33話『狭狭亭』の危機
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ハルカの話はまだまだ語ることもあるのだが、ひとまずはここで終わりだ。
ここから先は、私の話になる。
底辺魔道士チエリー・ヴァニライズの最後の逸話を語ろう――。
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私はモコッチ村の遠征を終え、久しぶりに王都へと帰ってきた。
帰還の報告でもしようと、ギルド『狭狭亭』へと向かった。
「こんにちは~?」
きょろきょろしながら『狭狭亭』の入り口をくぐる。
「あっ、チエリーさんっ! お帰りなさい!」
受付嬢はカウンターの向こうから満面の笑みで出迎えてくれた。
「なあ、これどうなってるの? 久しぶりに来たら雰囲気が変わったって言うか……」
ギルドの室内は、ピンク色に塗られていた。そしてそこら中に鉢植えの花が置いてある。
外観も同じだった。裏路地の古びた建物だったのに、外壁がピンク色になっていて、花屋かお菓子屋かといった雰囲気になっていた。
あまりに様子が変わったので、『狭狭亭』どこだろ? と思って3回くらい通り過ぎたくらいだ。
「私なりの飾り付けなんです。冒険者と依頼人がいっぱい来ればいいなあって思って……」
受付嬢は肩をすくめる。
「なるほどねぇ~。華やかで女性は入りやすいと思うけど……。荒くれ冒険者は逃げ出しそうだな、ハハハッ」
私は笑った。
ほんの冗談のつもりで、受付嬢も笑ってくれるものかと思ったけれども
「そうなんですよねぇ。はぁ――っ」
何やら深刻なため息。
「どうしたの? ホントに女性しか来なくなっちゃったとか?」
「あっ、いやいや何でもないです! それよりチエリーさん、だいぶ活躍されたそうですね! 噂が届いてますよ! モコッチ村を襲う魔物、100万匹を蹴散らしてきたとか」
「いや、100万もいなかったよ。せいぜい数百くらいじゃないかな?」
「そうなんですか?
「
「えええ~~? じゃあアイドルになったっていうのも嘘ですか?」
「なにそれ? 逆に私が気になるわ」
「モコッチ村でエルフの歌を覚えて、吟遊アイドルデビューしたって聞きました。フリルでふりふりの衣装を着て、人が変わったように媚びを売って踊りまくってるとか」
「根も葉もねえ……。私、基本は陰の者だからな。私のそんなところ鳥肌立つわ」
「じゃあ、完全に嘘? 私、なんでチエリーさんが媚びを売るようになったのか聞きたかったんですが」
「私だって知りたいよ。どこのチエリーさんだよ。いったいどんな辛いことがあって、アイドルなんて苦手分野に手を染めたんだ……」
「私、チエリーさんの歌聞きたかったです」
「やめてくれ。絶対無理だ」
「うーん、残念です……」
「伝言ゲームって怖いな。歩いて30日の距離もあると、めちゃくちゃゆがむんだな」
「じゃあ、モコッチ村で1ゴールドも報酬を受け取らなかったっていうのも嘘なんですね」
受付嬢はほっとしたように言った。
「あっ……。それはホントだ」
私はそう言ってから、しまった、と思った。
報酬っていうのは、冒険者だけの収入ではなく、ギルドの収入でもあるのだ。ギルドは仲介手数料で運営をやっているものだから、私が報酬受け取りを辞退したことで、ギルドの収入もなくなってしまうのだ。
「すまん、すっかり忘れてた。手数料払うよ。3%だっけ? 20万ゴールドの3%だから……6000ゴールドか」
私は革袋の財布を取り出し、紐を解いた。中には3000ゴールドくらいしか入っていなかった。
「いえっ、いただけませんっ! チエリーさんが奉仕活動でされたことをお金取るなんて!」
「いや、受け取ってくれ、お金のお付き合いはちゃんとしないと! いま3000ゴールドしかないけど受け取ってくれ!」
「全然ちゃんとしてないじゃないですか! 財布の中身全部よこしてどうするんです!」
「何とかなるだろ、食器を質に入れるとか、大家さんに借りるとか」
「チエリーさんは計画性がなさ過ぎます! また家賃滞納で追放されますよ!」
「私はその瞬間を生きるタイプなんだ。冒険者ってそういうものなんだ!」
「経済的な冒険はダメです!」
二人で財布の押し付け合いをして、すったもんだした。
結局ゴールドは受け取ってもらえなかった。
「じゃあ……『狭狭亭』も運営が芳しくないんだな?」
カウンター越しに、二人でハーブティーを飲みながら話をした。
普通のギルドならおかしな光景だけど、来る人もいないギルドなので、喫茶店じみたことをしても誰にもとがめられることはなかった。
「そうなんです……。前のギルドからついてきてくれた冒険者はいますけど……。それ以上登録が増えなくて。来る依頼も少ないです」
「新ギルドの立ち上げって難しいもんだなあ……」
「なんとか立て直そうと思って、壁をピンクに塗ったり花を飾ったりしましたが、変化はなかったです」
「そういうことなのね……」
私が壁の色を茶化したときに、反応が重めだったのがこれか。
「やっぱりピンクよりオレンジの方がよかったでしょうか? それともストライプとか? 牛の模様にすることも考えたんですが」
考えすぎて迷子になってるみたいだった。
「そういうことじゃないと思う」
「素人に運営は
受付嬢は大きなため息を吐いた。私はその言い方に引っかかった。
「難しかった? 過去形みたいに言うな? まさか
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