第33話『狭狭亭』の危機



  *****


 


 ハルカの話はまだまだ語ることもあるのだが、ひとまずはここで終わりだ。


 ここから先は、私の話になる。


 底辺魔道士チエリー・ヴァニライズの最後の逸話を語ろう――。

 



  *****




 私はモコッチ村の遠征を終え、久しぶりに王都へと帰ってきた。


 帰還の報告でもしようと、ギルド『狭狭亭』へと向かった。


「こんにちは~?」


 きょろきょろしながら『狭狭亭』の入り口をくぐる。


「あっ、チエリーさんっ! お帰りなさい!」


 受付嬢はカウンターの向こうから満面の笑みで出迎えてくれた。


「なあ、これどうなってるの? 久しぶりに来たら雰囲気が変わったって言うか……」


 ギルドの室内は、ピンク色に塗られていた。そしてそこら中に鉢植えの花が置いてある。


 外観も同じだった。裏路地の古びた建物だったのに、外壁がピンク色になっていて、花屋かお菓子屋かといった雰囲気になっていた。 


 あまりに様子が変わったので、『狭狭亭』どこだろ? と思って3回くらい通り過ぎたくらいだ。


「私なりの飾り付けなんです。冒険者と依頼人がいっぱい来ればいいなあって思って……」


 受付嬢は肩をすくめる。


「なるほどねぇ~。華やかで女性は入りやすいと思うけど……。荒くれ冒険者は逃げ出しそうだな、ハハハッ」


 私は笑った。


 ほんの冗談のつもりで、受付嬢も笑ってくれるものかと思ったけれども


「そうなんですよねぇ。はぁ――っ」


 何やら深刻なため息。 


「どうしたの? ホントに女性しか来なくなっちゃったとか?」


「あっ、いやいや何でもないです! それよりチエリーさん、だいぶ活躍されたそうですね! 噂が届いてますよ! モコッチ村を襲う魔物、100万匹を蹴散らしてきたとか」


「いや、100万もいなかったよ。せいぜい数百くらいじゃないかな?」


「そうなんですか? 隕石召喚呪文メテオストライクで100万匹を消し飛ばして、跡が湖になったって聞きましたよ?」


球雷投擲呪文グリッチビットでちょっと森を焦がしたくらいだよ。王都に伝わるまでにだいぶ話が膨らんでたみたいだなあ……」


「えええ~~? じゃあアイドルになったっていうのも嘘ですか?」


「なにそれ? 逆に私が気になるわ」


「モコッチ村でエルフの歌を覚えて、吟遊アイドルデビューしたって聞きました。フリルでふりふりの衣装を着て、人が変わったように媚びを売って踊りまくってるとか」


「根も葉もねえ……。私、基本は陰の者だからな。私のそんなところ鳥肌立つわ」


「じゃあ、完全に嘘? 私、なんでチエリーさんが媚びを売るようになったのか聞きたかったんですが」


「私だって知りたいよ。どこのチエリーさんだよ。いったいどんな辛いことがあって、アイドルなんて苦手分野に手を染めたんだ……」


「私、チエリーさんの歌聞きたかったです」


「やめてくれ。絶対無理だ」


「うーん、残念です……」


「伝言ゲームって怖いな。歩いて30日の距離もあると、めちゃくちゃゆがむんだな」


「じゃあ、モコッチ村で1ゴールドも報酬を受け取らなかったっていうのも嘘なんですね」


 受付嬢はほっとしたように言った。


「あっ……。それはホントだ」


 私はそう言ってから、しまった、と思った。


 報酬っていうのは、冒険者だけの収入ではなく、ギルドの収入でもあるのだ。ギルドは仲介手数料で運営をやっているものだから、私が報酬受け取りを辞退したことで、ギルドの収入もなくなってしまうのだ。


「すまん、すっかり忘れてた。手数料払うよ。3%だっけ? 20万ゴールドの3%だから……6000ゴールドか」


 私は革袋の財布を取り出し、紐を解いた。中には3000ゴールドくらいしか入っていなかった。 


「いえっ、いただけませんっ! チエリーさんが奉仕活動でされたことをお金取るなんて!」


「いや、受け取ってくれ、お金のお付き合いはちゃんとしないと! いま3000ゴールドしかないけど受け取ってくれ!」


「全然ちゃんとしてないじゃないですか! 財布の中身全部よこしてどうするんです!」


「何とかなるだろ、食器を質に入れるとか、大家さんに借りるとか」


「チエリーさんは計画性がなさ過ぎます! また家賃滞納で追放されますよ!」


「私はその瞬間を生きるタイプなんだ。冒険者ってそういうものなんだ!」


「経済的な冒険はダメです!」


 二人で財布の押し付け合いをして、すったもんだした。


 結局ゴールドは受け取ってもらえなかった。




「じゃあ……『狭狭亭』も運営が芳しくないんだな?」 


 カウンター越しに、二人でハーブティーを飲みながら話をした。


 普通のギルドならおかしな光景だけど、来る人もいないギルドなので、喫茶店じみたことをしても誰にもとがめられることはなかった。


「そうなんです……。前のギルドからついてきてくれた冒険者はいますけど……。それ以上登録が増えなくて。来る依頼も少ないです」


「新ギルドの立ち上げって難しいもんだなあ……」


「なんとか立て直そうと思って、壁をピンクに塗ったり花を飾ったりしましたが、変化はなかったです」


「そういうことなのね……」


 私が壁の色を茶化したときに、反応が重めだったのがこれか。


「やっぱりピンクよりオレンジの方がよかったでしょうか? それともストライプとか? 牛の模様にすることも考えたんですが」


 考えすぎて迷子になってるみたいだった。


「そういうことじゃないと思う」


「素人に運営は難しかった・・・・・ですね……」


 受付嬢は大きなため息を吐いた。私はその言い方に引っかかった。


「難しかった? 過去形みたいに言うな? まさかギルド畳んだりしないよね・・・・・・・・・・・・?」


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