エピソード3 ダンジョン探索の没落貴族

第16.5話 番外編 ††† 闇の小話 †††



  *****




 この話はいわゆる番外編だ。


 魔法予備校から王都に帰還した直後の話なのだが、あまりにもくだらなすぎて語ることをためらっていた。


 私の趣味に傾きすぎて、多くの読者が逃げ出す懸念があった。


 なのでもし、「くだらないな」と思ったら遠慮なく読み飛ばしてもらって構わない――。


 


  *****




 久しぶりに王都に戻ると、身の回りでいろいろな変化があった。


 まずはこれ。


 階段の踊り場で、ぼろきれにくるまって座ってる女の子がいた。


 そこは私の下宿のドアの前で、彼女に避けてもらわないと私は部屋に入れそうになかった。


 女の子は眼鏡をかけていて、帽子を目深にかぶっている。


 知った顔ではなかった。


 よく分からんが……。


 下の階が酒場なので、わけの分からない客が階段まであふれ出してくることはよくある。


「すまない、お嬢さん。ドアを開けてもいいかな?」


 私は声をかけた。


「あっ、チエリーさんですか?」


 眼鏡の子は私の名を呼んだ。どうやら私の客だったらしい。


「そうだけど……。えっときみは……」


「初めまして! 私は3番街中学の新聞部の記者です! スター・エトロといいます!」


 眼鏡のスターは立ち上がり、掴むように握手してきた。


「は、はあ……。新聞部? 中学生?」


「聖者チエリーさんの武勇伝を聞きに来ました!」


「聖者チエリーさん~~? 何かの間違いじゃないの?」


 私は底辺魔道士としてなら名を馳せているのだが。


「いいえ! 魔道士チエリー・ヴァニライズさんは聖者級の実力の持ち主だともっぱらの評判ですよ!」


 スターは眼鏡をキラリと輝かせた。


「え、どこで?」


「冒険者がギルドで言ってました。チエリーさんがなんかやたら強い魔物を倒したらしいとか。聖者級の働きをしたとか。その時の話を聞かせて下さい!」


「ええ~。そんなことになってるの?」


 この間の仕事が噂になってるみたいだった。


 私が巨大歩きキノコボス・マイコニドを再封印した話は、確かに聖者級の仕事と言えるかも知れない。


 でもあれは世間的にはまだ秘密だった。


 予備校から手紙を出して、精霊教会に報告はしていた。


 しかし教会もことの大きさに扱いを決めかねているらしく、「とりあえず内密に」という返事が来た。


 聖地への巡礼路も、道が荒れているとかいう名目で封鎖したそうだ。


 そんなわけで、私は誰にも話はしていない。


 予備校の生徒たちにも口止めしてきた。


 なので積極的に語りたい内容ではないのだ。私も、精霊教会も。


 でも、どっかから漏れたみたいだなぁー。


「聞かせて下さい! やたら強い魔物と戦った武勇伝を! このスター・エトロに取材させて下さい!」


 新聞部の少女はノートを開き、鉛筆を手に取ってインタビューの準備万端だ。


「まぁー。事情は分かったよ。でも話せないこともあるんだ。こないだの仕事はワケアリで……。軽々しく話せないんだ」


「そんなぁ~~。だったらなおさら聞きたいですぅ~。ちょっとだけでいいから教えて下さい~~!」


 眉根を寄せて、私の腕にしがみついてきた。


 何でもいいから話をしないと離さないぞ、って勢いだ。


 私はスターの足下のぼろきれを見た。風よけか毛布代わりにくるまっていたようだが。


「きみ、いつからここにいたの?」


「もう一週間はいます!」


「えっ!」


「新聞部で交代で張り込みしてました! ぜひとも聖者チエリーさんの偉大なお話を記事にしたくて! 王国の民を代表するような気持ちで張り込んでいました!」


「ほんとかい……」


 彼女の熱意に私は胸打たれた。


 そこまでされると無下に断るわけにもいかないかな……。


 ちょっとくらい話してもいいかな?


 と思いながら何気なく彼女のノートに目をやった。


 そこには新聞の小さい切り抜きが貼り付けてあった。


 彼女が作っている学校新聞ではなく、シャフトロニカ王国新聞の記事だ。




『特ダネ募集!

 シャフトロニカ王国新聞では読者からのタレコミを募集しています!

 賞金は1万ゴールドから! 特ダネには100万ゴールドも!』




 って、ああっ! こいつ王国新聞に売る気だ!


 私の情報を売って小遣い稼ぎするつもりか!?


 切り抜きの余白には、


『チエリーさんのネタがウマいらしい?』とか書き込みがしてある。


 確定じゃんこれ。


 悪いなぁ~。


 近頃の中学生、油断出来ねえ。


 そっちがそう来るなら私も多少は身を守らないとな。


「まぁ……『作り話』でよかったら話せるけど……」


 私はそっけない感じで切り出した。


 スターは目を輝かせて食いついてきた。


「作り話というテイの打ち明け話ですね! 分かりました、聞かせて下さい!」


 いや、本当に作り話なんだ。


 これでお茶を濁すから勘弁してくれ。 


 幸いなところ私は、作り話とか妄想の能力に定評のある世代だった。


 私が子供の頃、王国新聞の連載小説で「前世持ちの転生者」の話が大ヒットして、王国中の子供に悪影響を与えた事件があった。


 小説を読んだ子どもたちは妄想力をビンビンに刺激されてしまい、イタい前世エピソードを語りだして、王国中に恥を振りまいたのだ。


 わたしはその直撃世代――。


 いわゆる『黒の世代』――。


 子供の頃に培った能力はいまだ健在だ――。


 私は静かに語りだした。


「風が哭いていたんだ――」


「泣いていた?」


「違う、哭いていたんだ。ビュヲゥ! ビュヲヲヲヲヲヲヲヲヲ―――! と」


「それは……怖い風ですね」


「怖いよ」


「怖かったのですか?」


「怖かったさ」


「ごくり……」


「私はむせ返るような緑の森を歩いていたんだ」


「むせ返るとは?」


「湿気とかでむせ返るような森さ」


「ぜんそくになる感じの?」


「それほどではない」


「なんか伝わります……」


「するといきなり背後に、むせ返りを濃くしたような『魔』を感じたんだ」


「気配――ということですか?」


「そう言ってもいい。私は振り返らなくても理解できた。アイツが来たに違いないと」


「アイツですか?」


「アイツさ」


「聖者級の戦いをしたという、めちゃくちゃ強い魔物?」


「そうともさ。私とは……だいぶ昔のいにしえからの……運命の歯車の車輪で繋がれた宿命さだめの魔物なんだ」


「なんて?」


「だいぶ昔のいにしえからの――黒き闇の翼を持つ名指しがたき深淵からこちらを見ている魔物なんだ」


「1回目と2回目でちょっと違いますね……」


「かもしれないね……」


「どうしてですか?」



「なら……仕方がないですね……」


「やむをえまい……」


 私は話しているうちに興が乗ってきてしまい、ボソボソした喋り方になってきた。猫背でけだるい姿勢を作り、顔を隠すように前髪を引っ張った。


 こんなに雰囲気を作るつもりはなかったんだが……。


 適当な作り話でごまかすつもりだったのに、出だしで失敗した。


 風が哭いていたとか言い出した時点で、なんか方向を間違えちゃったな。


 でも、しゃべっていると存外気持ちよくて、もっとしゃべりたい欲が湧いてくる――。


「そこで戦いが始まったのですね?」


「勝負は一瞬で終わった」


「そんなに早く? 極大火球投擲呪文ジャイガンティック・ファイアビットを百発くらい撃ち込んだのですか?」


「魔法を使うまでもなかった。私は振り返りざまに『は――っ!』と右手を突き出して、その圧でね、魔物を粉々にしてやった」


「ええっ!? そんなことが!?」


「できるのだよ。高レベルの魔道士はできるのだよ……」


「そんな話は聞いたことがありませんッ!」


「だろうね。この話を知った者は確実に死んでるからねぇ」


 私はクククッ、と邪悪に笑い、ゆっくりと右手を持ち上げ、スターの顔にかざした。


「ひいっ!」


 スターはのけぞり、後ろの壁に張り付いた。


 恐怖に歪んだ口には、髪の毛が挟まっていた。そんなにドラマチックに驚くことある?


「冗談だよ。だけどこの話を誰かに話したら……分かるね?」


 こくこく! とスターはうなずいた。


「特に王国新聞に話したりしたらいけないよ?」


 そこで彼女ははっとしたように目を見開き、頭を下げ始めた。


「許して下さい~~~。ほんの出来心なんですぅ~~。話しません~~~!」


「ありがとう。賞金目当て以外の取材なら、いつでも歓迎だよ? 新聞記者の卵さん」


 そう言って私は前髪をかき分けて、いつものチエリーさんに戻って微笑んだ。




   *****




 これで私のしょーもない番外編は終わりだ。


 呆れて見放さないでもらえると助かる――。


 でも、しょーもない出来事こそが人生を彩ると私は信じている――。


 この後私はモコッチ村に行って、帰ってきて、次の話が始まる。

 

 時系列が飛ぶので、混乱召されぬようお願いしたい。




   *****







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る