第32話 ハルカの決意
やがて朝になった。
警戒は杞憂に終わり、何事もなく朝を迎えることができた。
私はハルカとモモカとともに村の調査に出かけた。
本当は道案内をハルカに頼んだのだが、モモカがどうしてもついてくると言ってきかなかったのだ。
なので今、私はモモカと手を繋いで歩いている。
「森を走り進み続けた♪ 世界樹の手がかり探して行った♪」
モモカは弾むような足取りで魔物除けの歌を歌っている。
「「ここにあるよ、ここにあるよ♪ 呼ばれる声に導かれ~~♪」」
ハルカも一緒になって歌っていたが、ふと歌を止めて問いかけてきた。
「昨夜はみんな魔物除けの歌を歌ってたけど……、魔物来ちゃったね。やっぱり効かないのかな?」
眉根を寄せ、私のことを見つめてくる。
ずっと村人が信じていた伝統――。
いままで大事にしてきた歌は迷信だったの?
そんな、心の支柱を失ったような顔をしている。
「いや、効いてたと思うよ」
「じゃあなんで襲ってきたの?」
「魔物が人間を恐れていたうちは効いてたんだ。たぶん昔も魔物討伐があって、手痛い目に遭ったんじゃないかな。だから人間の歌を聞けば近寄ってこなかったんだと思う」
「ふうん……。魔法の歌とかじゃないってこと?」
「たぶんね。魔物の記憶が薄れて、勢力も強くなったもんだから、昨日は襲ってきたんじゃないかな」
「そっか……」
ひょっとしたら、私の来村がきっかけかもしれないなと思った。
魔物が襲撃のタイミングをうかがってたら、なんか強そうなやつが来たから急いで仕掛けよう、みたいなのあるかもしれない。
私は足を止めた。
昨日の戦いの跡だった。
山火事の現場に足を踏み入れたみたいだ。
畑だった場所に、黒焦げの樹木が折り重なって倒れている。薄い煙と朝靄が混じってミルク色の霧が立ちこめている。
動物系の魔物なら戦った後はだいぶキツいことになるけど、木の魔物は本当に木が燃えたようにしか見えなかった。これで人を襲うんだから不思議だよね。
「……」
モモカが少し怖がって、私の手を握る力を強くした。
「またいつかこういうことがあるのかな?」
ハルカが唇を尖らせた。
「当分ないとは思うけどね」
「でも、そのうちまたあるかもしれない?」
「そのときはまた私を呼べばいいさ。引退してなかったら駆け付けるよ」
「引退しないで欲しい……」
ハルカは切実な表情で言った。
「そればっかりはなぁ~。精霊さんの人気次第だから。でも、一応の仕掛けはしておくよ。結界を張っておく」
「そういうのあるの?」
「魔物が触れるとビリッとくるんだ。弱い魔物が立ち入り禁止になるくらいの力はあるさ」
「魔道士さんってすごいだぁ……」
ハルカは目を丸くして感心している。
「すごいだぁ……」
モモカはわけも分からず真似して、にこにこしてる。
「ふふっ」
私は笑った。
「あははっ」
ハルカも笑った。そして少し黙り、真っ直ぐに私を見て切り出した。
「あの……」
「ん?」
「私、魔道士さんの弟子にして欲しい」
「弟子? そんなこと言われたの初めてだな」
「だめだ?」
「いや……初めてで戸惑ってる。どうすれば弟子を取れるのかを考えてる」
「どうすればいいの? 何でもするよ」
私を見る瞳の力は強い。
この子の気持ちは本物だ。語らずとも動機は分かるし、それにかける熱意も伝わる。
この子は、モモカや隣近所の子どもたちやおばあちゃんたちや、出稼ぎに行っているお父さんやお母さん――村人みんなの柱になろうとしているのだ。
私のような底辺魔道士が安請け合いしていいものか自信がないよ。
「ハルカは何歳なの?」
「14だ」
「それなら今年受験だな。魔道士になるには国立魔法学園に入らないとダメなんだ」
「入ったら弟子にしてくれる?」
「入ったら……私より出来のいい先生がいるから、そっちに師事した方がいいと思うが……」
「チエリーさんがいいだ」
「私はあんまり師匠って柄じゃないんだよなあ」
「チエリーさんがいいだ!」
ハルカは譲らない。
「モモカもチエリーさんがいい!」
モモカも譲らない。意味が分かってるかは不明だが、私を逃がさないとばかりに両手でぎゅっとしがみついてくる。
こういうの弱いんだよなぁ。慣れてないからね。
「じゃあ、まずは受験だ。入試合格を考えよう。全てはそこからだ」
「ありがとうチエリーさん! 私がんばる!」
ハルカは私の手を両手で力強く握ってきた。
「モモカもがんばる!」
意味が分かってるのか分かってないのか、モモカもやる気を出している。
「と言っても入試の内容は私もよく分からないんだ。私の頃は筆記試験だったけど、最近は実技が大きいらしい。受験生同士で魔法対戦やるとか、サバイバルやるとか聞いてる」
「あわわ、いきなり魔法で戦うだか……」
早速ハルカは動揺してる。
「まあ、基礎的な知識は教えておくよ。入試で慌てない程度にはね」
「うっ、うんっ!」
ハルカはうなずき、顔を上げた。
空の遙か向こうにある、王都を見据えるように――。
ということはハルカは、魔法予備校の私の教え子たちと戦うことになるのか……。
全員受かって欲しいけど、えらいことになったな?
ライバルは強敵だぞ。
がんばれよ……!
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ここまで読んでくれてありがとう。
ここからはちょっとしたルート分岐がある。
ハルカの受験勉強のお話も始まってるんだ。まだ始まったばかりだけどね。
https://kakuyomu.jp/works/16816700428546103877
引き続き私の話を読むには、このまま読み進めてもらえば大丈夫だ。
私の自伝の中でも最高傑作回と噂される、没落貴族回が始まる。
もし、あなたも
★評価、フォロー、ハートの応援ボタン、なんでもいい、押してみて欲しい。
その一つ一つが精霊石を通し、私に届く。
その魔力が次の依頼への力となる――。
(★を押す用のページ)
https://kakuyomu.jp/works/16817139556809362097/reviews
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