第27話 ハルカの寝室

 ドアはなくて、部屋の仕切りは布を吊ってあるだけなので、ハルカはすぐに気がついて歌を止めた。


「ごめんだ、うるさかっただ?」


「魔道士さん……?」


 モモカも寝付けないようで、ハルカの胸元で目をぱっちり開けていた。


「いや、うるさくはないよ。いろいろ考えることが多くてね、なんか眠れないんだ」


「枕が合わないのかも? もう一個増やしてみる?」


 ハルカが気を利かせて言ってくれる。


「一つで十分だよ」


「仰向けとうつ伏せとどっちで寝てるの?」


 その質問好きだなぁ~。


「横向きだよ、私は」


「ええっ」「え~?」


 ハルカとモモカはやたら驚いている。


「この村の人って、その質問やたら気にするよね。他の子にも聞かれたよ」


「だって……」「ねー?」


 とハルカとモモカはうなずき合って、言う。


「この村では、横向きで寝るのはよくないって言われてるだよ」


 村ならではの言い伝えのようだ。何か大切な意味があるのかな?


「それは……どうして? 魔物除けのおまじないか何かかい?」


「ううん、違う」


「じゃあどうして?」


「腕が……しびれるから」


 言い伝えとかじゃ全然ねぇー。とぼけた村だよ全く。


「それは……。よくないね」


「そうなの……。うつぶせで寝るのが一番気持ちいいの。でもこの村では昔から、『うつぶせ寝は油断すると枕で息が止まるから、気をつけなさい』って言われているよ」


「なるほど……。私は王都で暮らしてるけど、王都でもそれは言われてるかも知れないね」


「本当に……?」


「本当さ」


「お世辞で言ってない?」


「本当だよ」


「よかった……。うちの村も、王都に負けてないかもしれないね……」


「そうかもね」


「王都に負けないくらい進んでるね」


「そうかもしれない」


 星明かりの中、しょーもない会話を楽しみながら、私は尋ねた。


「ところでさっきの歌は、昼間聞いた歌とは違うね?」


「いろんな歌があるよ。この村の歌は、全部魔物除けの力があるって言われてるんだ」


「高名な魔道士の言い伝えなんだね?」


「うん。何百年も前から伝わってるよ。夏祭りはみんなで歌って踊ってすごい楽しいんだぁ。祭りをやれば一年は魔物が出ないって言われてるの。でも人が減って、祭りも小さくなっちゃったんだって。そのせいで魔物が出るようになったんじゃないかっておばあちゃんたちは言ってるよ」


「魔物除けの祭りか……」


「そのはずだったんだけど……」


 ハルカは唇を尖らせて黙り込んだ。


 夏祭りと魔物除けの歌――。効かなくなった原因――。


 自分なりにいろいろと考えているらしい。


 いつの間にかモモカはハルカの胸元ですうすう寝ていた。


 ハルカは顔を上げ、ふと気がついたように聞いてきた。


?」


 それは基本的な疑問だった。


 でも、大事な質問だ。


「いろんな理由があるけど……。基本は動物と一緒さ。縄張りを広げようとしてるんだ。縄張りを広げるには人間の村が邪魔だ。だから襲ってくる」


「あの木の魔物も、この村を自分のものにしたいって思ってるってこと?」


「そうだね。今はまだ人間の方が強いと思ってるのか、遠巻きに見てる感じだけど。力のバランスが崩れたら村に攻め込んでくるだろうね」


「そんなのだめだぁ……」


 ハルカはモモカの顔に額を押し当てた。


「…………」


 


 自分で言った言葉に違和感を感じた。


 既に崩れてるんじゃないだろうか?


 いままで村に入ってこなかった魔物が、今日に限って入ってきたというのは……。


 均衡状態が破れた結果では?


 私は嫌な予感がしてきて、部屋を出た。


 玄関に行って、そっとドアを開けてみる。


 キィィ……。


 きしみながら開くドアの隙間から、もじゃもじゃした樹木が通りを歩いているのが見えた。


 あっ……!


 ガサガサガサッ!!


 歩き樹木ギリーマンは私に気がついて、ドアに飛びかかってきた。


 ドンッ!


 私は慌ててドアを閉め、鍵をかけた。


「ハルカ! やばいっ! 魔物が来てるッ!!」


 食卓のテーブルを押していって、ドアに押し付けて重しにする。魔道士の杖を取りに戻るまでの時間稼ぎだった。


「うちに来てるの!?」「ふぇえええっ!?」


 ガリッ! ガリッ! ガリッ!


 歩き樹木ギリーマンが鉤爪でドアを壊そうと引っ掻いている。


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