第23話 ものすごい数のギリーマンがいた



 それからハルカの通訳を交えて事情を聞いた。


 この村は畑作と狩猟で成り立つ、人口四十人くらいの村だったらしい。まあどこにでもある田舎の村というところだ。


 だが十年ほど前から、歩き樹木ギリーマンの出没が増えてきた。


 最初は村の遠くの森にしかいなかったのだが、次第に村の近くに出るようになり、森や畑に迂闊に近寄れない状況になってきた。


 村の男達がエルフ伝統の弓で追っ払っていたものの、数は増えるばかりで、ついには大部分の畑を放棄せざるをえなくなった。


 現在使えているのは、住居の近くのほんの少しの畑だけだそうだ。


 村人は生活が立ちいかなくなり、大人たちは村を離れて出稼ぎをやりはじめた。


「私の父ちゃんは弓が上手いから、森とか山を渡り歩いて狩人をやってるよ。狩りで稼いだゴールドを持って、年に一度帰ってくるんだ」


 とハルカは語る。


 年に一度しか会えないってわけか。


「母ちゃんは遠くの町に行商に行ってる。村のみんなで作ったハーブシロップを売りに行ってる。今月いっぱいは帰ってこないよ」


 魔物のおかげで家族が離れ離れになってしまっているようだ。


「私は学校があるから村に残ってるよ。森の外にある学校で、読み書きとか算術とか習ってるんだ」


 ハルカはにっこりと微笑んだ。


「お姉ちゃんは学校行くの四時間もかかるんだよぉ」


 モモカがハルカのスカートにすがりながら、自慢げに言った。


「モモカはお利口さんだよねぇ。ちゃんとお留守番してるもんね」


 ハルカはモモカの頭を優しく撫でた。


「…………」  


 モモカはにこにこと撫でられていたが、急に笑顔を崩し、姉のスカートに顔を埋めて泣き出した。


「うーっ! うーっ!」


 留守番中のさみしい気持ちがこみ上げてきたのかも知れない。 


 父親と母親がいないさみしさが、どっと押し寄せてきたのかも知れない。


 こらえていたものが一気に来たようだ。


 そんなモモカにつられるように、他の子も一斉に泣き出した。


「ぐすっ!」「わ――ッ!」「ううーっ!」「わあ――ん!」「お母さ――ん!」


 おばあさんたちは子どもたちをぎゅっと抱き留めてなぐさめる。


「あ――ん!」「わああああん!」「お母さんに会いたい――ッ!」 


 子どもたちは鼻を赤くしてぼろぼろ涙をこぼしてる。服の襟ぐりが濡れてしまうくらい泣きじゃくってる。


 いかん……こういうの。私ももらい泣きしそうだ。


 小さい子はそうだよね。親と離れて暮らすなんて、さみしいに決まってるもんな。よくがんばってるよ……。


「大丈夫だよ、みんな!」


 ハルカが涙を浮かべながら言った。


「魔道士さんが来てくれたから、もう大丈夫なんだよ。魔物をばーって追っ払って、またみんなで村で暮らせるようになるんだよ!」


 私? 私かぁ……。


 そうだよなぁ……。責任重大だよこれぇ……。


「「「「「…………!!」」」」」 


 子どもたちの涙に濡れた瞳が私を見る。


 私は力強くうなずいた。


「任せろッ! 私がきっとお父さんとお母さんに会えるようにしてやるからねっ。もうちょっとの辛抱だっ!」


 そして子どもたちの頭を撫でた。


 はっきり言って全然自信がなかった。


 どれだけの魔物がいるのかもまだ全然分かってないし。


 北部ギルドでも依頼を持て余してた理由も分からないし。


 不安材料しかなかった。


 でも、言うしかないだろぉ~~。


 私に任せておけッ! ってね。




 ハルカはさっきの魔物襲撃時の様子を聞き取りしてくれた。


「気がついたら魔物が村に入り込んでたんだって。みんな追いかけ回されて、必死で逃げたんだって。それから家に立てこもって、歌で追い払おうと思って一生懸命合唱してたって言ってた」


「危ないところだったな……」


「本当だ……」


「村の中には魔物が出たことないって言ってたよな? さっきが初めてなのか?」


「うん……。魔物除けの歌があるから、魔物は村には近寄らないと思ってたんだけど……」


 その道理が崩れたということか。


「魔物は普段どこにいるの?」


「村から少し離れればそこら中にいるだよ。あっちの川向こうに一番いるかな……」


 ハルカは指差しながら私を案内していく。


 モモカはハルカの手を掴んで、ちょこちょこと後をついていく。


 村を突っ切ると畑があり、その先に川があった。


 そこそこの川幅と勢いがあり、小さい魔物なら渡るのは無理そうだ。


 川の向こうにも畑があるが、魔物を警戒して耕作が放棄されているようで、草が伸び放題だった。焼き落とした橋の残骸も見える。


 そのずっと向こうは針葉樹の森で、薄暗い影が落ちている。


「あそこに魔物が沢山いるだよ」


 ハルカは真っ直ぐに前を指差した。


「なるほどな、あの森の中が魔物の棲み家ってわけか――」


 私は魔物の気配を探ろうと思って目を凝らした。


「違うだよ」


「何が?」


「森の中に魔物がいるんじゃなくて、


「は!?」


 私は驚きつつ、意識を切り替える。


 人差し指と中指の間から景色を眺め、樹木に向かって能力表示呪文コールステータスを適用してみる。


歩き樹木ギリーマン。生命力:100』『歩き樹木ギリーマン。生命力:300』『歩き樹木ギリーマン。生命力:200』『歩き樹木ギリーマン。生命力:500』『歩き樹木ギリーマン。生命力:200』『歩き樹木ギリーマン。生命力:500』『歩き樹木ギリーマン。生命力:100』『歩き樹木ギリーマン。生命力:500』『歩き樹木ギリーマン。生命力:400』『歩き樹木ギリーマン。生命力:100』『歩き樹木ギリーマン。生命力:200』『歩き樹木ギリーマン。生命力:500』『歩き樹木ギリーマン。生命力:300』『歩き樹木ギリーマン。生命力:500』『歩き樹木ギリーマン。生命力:400』『歩き樹木ギリーマン。生命力:500』『歩き樹木ギリーマン。生命力:700』『歩き樹木ギリーマン。生命力:1000』『歩き樹木ギリーマン。生命力:1200』『歩き樹木ギリーマン。生命力:3000』『歩き樹木ギリーマン。生命力:5000』


「えぇぇええええ……!?」


 驚きのあまり目が泳いでしまい、景色が揺らいだ。


 うっそでしょお~~。


 川向こうの森が全部魔物。


 生命力数百の弱いやつから、生命力数千の強めのやつまでいる。


 目に見えるもので全部ではない。


 あまりに多すぎてステータス表示は視界からあふれてしまった。


 直感的に、私の魔力ではかなわないと思った。


 今の私の十倍以上の魔力がないと倒しきれない相手だ。


「これはヤバいな……」


 役所に村の移転を勧められるのも、討伐依頼が受注されなかった理由もよくわかった。


 この村は、魔物の生息域に飲み込まれようとしている……。


「ときどき火矢を撃って牽制してたんだよ。魔物除けの歌も歌ってるから、大丈夫だと思ってたんだけど……」


 ハルカは妹を守るように、後ろから抱きしめていた。


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