第18話 新ギルド『狭狭亭』と最大遠征の始まり


 そのギルドは裏通りにある小さな建物で、かなり狭かった。冒険者が10人も入ったら満員になってしまうだろう。


 ギルドの名前は『狭狭亭』


 そのまんまだな?


「いいんですか、私のギルドで」


 受付嬢はカウンターに寄りかかり、でも嬉しそうに言う。


 そう――。


 ここは受付嬢さんが作ったギルド。彼女は働く場所をなくしたので、自分でギルドを立ち上げたそうだった。


「何言ってるんだ、最高じゃないか。金に汚いギルドマスターもいないし。これ以上のところはないよ」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


「私だって嬉しいよ。きみは私の恩人なんだ……」


 鼻の下をこすり、照れながら言った。


「私の恩人がチエリーさんですよ?」


「いや、私の恩人がきみなんだ。ギルド追放されて泣きそうだったんだから」


「私の恩人がチエリーさんですから! ギルドマスターに絞られてるとこ何回も助けてもらいましたから」


「いや私が~~!」


「私が私が!」


 などとひとしきりキャッキャ言って、ギルド移籍の喜びを分かち合った。


 それから『狭狭亭』に冒険者登録する書類にサインをしていると、受付嬢が言ってきた。


「ギルド立ち上げたばっかりですから、あまりいい依頼もないんです。チエリーさんに見合うような仕事が見繕えるかどうか……」


「いや、それは全然構わない。世間は私のこと勘違いしてるみたいだけど、私は聖者級とかじゃ全然ないから」


「そうなんですか? 酒場で語りぐさになってますけど?」


 受付嬢は首をかしげる。


「確かにこないだの仕事は聖者級の魔力を発揮したけど、もうその力は使い果たしてしまった。いまは底辺級の力しかないよ……」


 と言って私は自分のステータスを観察する。


『チエリー・ヴァニライズ

 魔力:6350』


「――今の魔力は6350だ」


 先日ギルドを追放になったときは魔力470だったから、ずいぶん回復したとは言える。


 でも、精霊の力を借りて理外の力を発揮する魔道士としては、これでも全然少ない方なのだ。


 一線で働いている魔道士は普通コモン級などと言われて、魔力は50000前後ある。


 彼女たちと比べると、私は10分の1でしかない。


「まあ。そうなんですね……。私から見るとチエリーさんはすごく強そうに見えますが……。魔道士の界隈は厳しいものなのですね」


「うん。厳しいよ……。私の場合、生き方を変えないと魔道士は続けられないってのが分かったよ」


 田舎を出たいっていうしょーもない動機で魔道士になった私だった。


 動機のしょーもなさゆえに、依頼を受ける基準もしょーもなかった。


 自分の生活第一。


 楽な仕事や実入りのいい仕事を優先。


 低レベルな魔物討伐とかポーションの原料採集とかね。


 商売人とか普通の冒険者ならそれでいいんだろうけど。


 心を動かすことと引き換えに魔力を提供する精霊さんにとっては、私は全く退屈な人間だったのだ。


 気がつけば投げ魔力は減りに減った。


 私は少ない魔力で仕事をするために、より低レベルな仕事を選ぶようになり、さらに投げ魔力が減るという悪循環だった。


 ここから浮上するには、思い切った意識改革が必要になる。


「どうしたもんか……。今更生き方を変えるって言ってもなあ……。大人になってから自分を変えろって言われても、難しいよね」


 私は壁に寄りかかり、ぼやいた。


 受付嬢はふふふっと笑った。


「そんなこと言ってますけど。もう考えは決まってるんでしょう? そうじゃなきゃギルドに来ませんもの」


 受付嬢の瞳には、私への信頼があった。


「そうだね」


 私も、笑った。




「じゃあ、さっそく依頼探していきます?」


 受付嬢はファイルを引っ張り出し、依頼書の束に親指を当ててぱらぱらやり始める。もう仕事がしたくてたまらないって感じだ。


「うん。よさげな依頼を見繕ってもらおうかな」


「どんな仕事をお望みですか?」


 受付嬢は前のめりに聞いてくる。


 私は微笑んで、言った。


「できるだけキツい仕事をやりたい。報酬は度外視だ。誰もやりたがらない、残り物みたいな仕事がいい」


 ――魔道士行動規範。


 魔道士は奉仕のために生きるべし。


 魔道士は人助けを旨とすべし。


 魔道士は弱きものを救うべし。


 修業時代に何度も斉唱したけど、口先でしか覚えていなくて、全然身についていなかった生き方だ。


 私は生き方をあらためようと考えている。


 魔道士の基本に立ち返り、一からやり直そうと思っている――。


「どうだい? そんな仕事あるかな?」


 私は身を乗り出して尋ねた。


 受付嬢は感心したように目を見開き、何度もうなずいた。


「ありますよ、ものすごくいい依頼が……」




 私の瞳には光が走り、精霊からのメッセージが降り落ちる。


『イイネ! 魔力:+10』『向上心! 魔力:+30』『心意気や善し。魔力:+50』


 私の魔力は6350から6440へと上昇した。




 ――自分史上最大遠征となるモコッチ村の防衛戦は、こんなやりとりから始まったのだった。





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