第11話 ウルミの傷

  翌日は朝イチから聖地巡礼の授業だった。


 静謐の森サイレントフォレスト


 我々が向かうのは、そんな名前の由緒と歴史ある森だった。


 かつてその森はシャフトロニカ王国を恐怖に陥れた魔物の住処だったが、建国の聖者、闇魔道士クロエによって鎮められ、魔物は封印された。


 それ以来魔物も出ることがなくなり、森は聖者の足跡を残す聖地として親しまれているという。


 シバリンが言うには、予備校の隣の森がその聖地なのだそうだ。


 そういや静謐の森サイレントフォレストって歴史の授業で習ったな……。


 と思い出しながら私は足を進める。




 生徒たちは一列になって鬱蒼とした森の中を進んでいく。道中の魔物を警戒してか、全員木剣やボウガンを携帯していた。


 私は引率をするといって無理矢理同行し、最後尾をついていった。


 生徒たちは前の方でヒソヒソやっている。


「先生帰らなかったんだ?」


「よく恥ずかしくないですわね」


「魔道士の戦い方を見せてやるとか言って、瞬殺されてたよね」


「「「くすくすくすっ!」」」


 くっそこいつらめ……。恥ずかしいんだが? もう帰りたいんだが?


 だけどシバリンが打ち明け話してくれるって言うからさあ。がんばってついてきたんだが?


「でも他の先生とはちょっと違うのかも知れませんね……」


「根性はありそうですわ」


「そうかもしれないね」


 そう言われると多少は救われるけどね……。


 列の前の方から、木漏れ日の中をシバリンが駆けてきた。


「先生、湿布を交換しに来たの~」


「ありがとう。頼むよ」


 私は立ち止まり、服をめくってお腹を見せた。みぞおちの青あざは昨日よりひどくなり、青い部分が広がっていた。


「ウルミちゃんがつけた傷跡……。たまンないの……」


 シバリンは頬を赤らめてハアハア言いながら湿布を交換してた。


 ヤバイって、きみィ~~。


 ほっといたらお腹を舐められそうな悪寒も感じたが、湿布交換は無事終わり、その頃には生徒たちの列とはだいぶ距離が開いていた。


「じゃあ、歩きながらお話しするの……」


 なるほど、このために湿布交換に来たんだね。


「昨日……。すごく嫌なことがあったって言ってたけど、前の先生に嫌な目に遭わされたのかい?」


 私は尋ねた。


「うん、そうなの。それでみんな先生のこと嫌いになったの」


 シバリンは少しうつむき加減だ。


「何があったんだい?」


「予備校に入学してすぐ、自己紹介の時間があったの。魔道士を目指した志望動機を一人ずつ話していくの。王国を守りたいとか、国民に奉仕したいとか、新しい魔法を作って人の役に立ちたいとか、みんな立派なことを言ってた」


「懐かしい。私もそういうのやったなあ」


 私の志望動機は『黒の世代』をからかわれて村に居場所がなかったからだけどね。それは言えないから、王国に貢献したいとかでっちあげたもんだよ。


「そしてウルミちゃんの番になったの。ウルミちゃん、家族を魔物に殺されたんだ」


「……! そうなのか……」


 重い動機が出てきたなあ。


 私の修業時代の同級生にもそういう子はいた。


 魔道士は、魔物に対抗しうる最強の戦力を持つ職業だ。


 そんな力を持ちたいという子の志望動機は、誰かを守りたいという強い思いや、魔物への復讐心に支えられていることも珍しくはない。ウルミもその一人だったというわけか。


「村が魔物に襲われて、家族が殺されちゃったの。ウルミちゃん、もう二度とそんなことさせないって言って、絶対強くなるんだって言って魔道士を目指し始めたの。世界で一番強い職業は魔道士だから」


「ウルミのことは昔から知ってるのかい?」


「うん。シバリンはウルミちゃんの幼なじみなの。同じ村出身でずっと小さい頃から友達。だからウルミちゃんの気持ちはよく分かるんだ。でもね、ウルミちゃんの志望動機を、予備校の先生は笑ったの」


 シバリンは悔しそうに唇を噛んだ。


「え、なんで……?」


「分からない。あのときはウルミちゃんが逆上してめちゃくちゃになってたからよく覚えてない。でも、たぶん……家族っていう言い方を笑ったんだと思う」


「どうして?」


「ウルミちゃんは家族って言ったけど、本当の家族じゃなくて、ペットだったから」


 殺されたのはペットなのか。


「うーん……。でもそれは、笑うようなことじゃないよなあ。魔物に襲われながら、命がけで飼い犬を助けに行く人もいるし、私が飼い猫を助けたら、涙を流して感謝されたこともあるよ。他人から見ればたかがペットでも、飼い主からすれば大事な家族なんだよね」


「シバリンもそう思うの。でも、前の先生には笑われたの」


「ひどい先生だな」


「うん……」


「ウルミの家族は、子犬とかかい?」


「子犬ではないの。卵から大事に育てた――」


 小鳥かな?


「カブトムシだったの」


 へぇ~~……。危ねっ! 私も笑いそうになったよ!


「たかがカブトムシかも知れないけど、手の上で餌を食べるくらいなついてたんだよ?」


 カブトムシはどこでも食べるでしょうね。


「ピーコちゃんっていうの」


 名前まで面白くする必要ないだろ。


 私は今、奥歯を噛み締めて笑いをこらえているよ。ここで笑ったらシバリンの信用を失っちゃうからね……。


「先生に笑われて、ウルミちゃんは逆上しちゃったの。木剣で『がぁッッッ!』って襲いかかって、ボコボコにしちゃった。他の先生も来たけど、『がぁッッッ!』って襲いかかってボコボコにしちゃった。先生たちは闘いで勝てないから悪口を言い出したの。おまえのような荒くれはゴミだとかカスだとか絶対に魔道士になんかなれないって言われて、ウルミちゃんは半泣きだったよ……」


「かわいそうだなぁ……」


「それを見て、他の生徒が不思議に思って質問したの。生徒にボコボコにされる先生ってどういうことだろうって。魔道士はもっと強いはずなのにって。そしたら、びっくりなの。魔道士の資格持った先生が一人もいなかったの」


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