第8話 転生者だったこともある

「私は……」


 と言いかけて、迷った。


 身の上話を直で話すのも恥ずかしかった。


 なぜなら私の過去は恥ずかしいエピソードに満ちているから。


 私の友達の話だってことにしてワンクッション置いておくか。


「私は国立魔法学園の卒業生なんだが、そこではいろんな友達がいた。その友達の話をしよう」


 うん、こんな感じでいいだろう。これなら恥ずかしくないぞ。


「私の友達は地方の村出身だったんだ。麦を育てて粉を挽いてパンを食べてるだけの小さい村さ。その子はだいぶ変わり者でね、村の中では有名人だったんだ」


「「「「…………」」」」


 生徒たちは静かに聞いている。


「その子は転生者だったんだよ。前世の記憶を持っていて、前世の仲間を探していたんだ」


 ざわっ……!


 生徒たちにざわめきが走った。


 そのざわめきは、驚きとそして苦笑。生徒たちは一様に口元を緩ませていた。


 それはそうだろう。この王国では前世の話というのは物笑いの種なのだ。


 ちょっと昔に王国新聞の連載小説で、前世持ちの転生者の話がヒットしたせいで、王国中に『自称前世持ち』の子どもたちが大発生した。


 その子どもたちは『黒の世代』と呼ばれて、イタい前世エピソードを話すことで有名なのだ。


 私はその直撃世代だった。


「私は……私の友達は……ことあるごとに前世の話をしていたんだ。その友達の空想癖だと思うんだけど、前世の名前を持ってたり、前世の仲間を探してたり、あと、前世はお姫様なんだって思い込んでたり、前髪を伸ばしすぎて顔が隠れていたり、わざとぼそぼそしゃべったり、とにかく逸話に尽きなかった」


「「「くすくすくす……」」」


 生徒たちは笑い出した。


「そうだよな。笑うよな。私は……私の友達は……得意になって転生者を演じてたんだ。村人が喜んで聞くもんだから、友達も嬉しくなって、ますます前世の話をしたさ。まさか『黒の世代』として笑われてるなんて思ってなかったからね。友達は村人たちの慰み者にされていたんだよ。それに気付いたときの衝撃たるや……。私はもう、死のうと思ったね。泣きながら森の中をどこまでもどこまでも駆けて行って、魔物に食べられてもいいやって気持ちだった」


「「「…………」」」


 生徒たちから笑い声が消えた。不憫な気持ちが少しは伝わっただろうか?


「そこで出会ったのがギルドの冒険者たちだ。森の中で泣いてる私を見て、声をかけてくれたんだ。冒険者は私の話を聞いても笑わなかったよ。それどころか励ましてくれた。キミには才能があるってね。こういう空想とか妄想が力になる職業があるって言うんだ。それが魔道士。心の力と精霊の魔力を合わせて、魔法を使う仕事だって聞いた」


「「「…………!」」」


「そして私は…の友達は魔道士を目指すことになった。どうせ村に居場所はなかったしね。こうして一人の魔道士が生まれたってわけさ」




 シーン……。


 生徒たちは静まりかえっている。


 森を渡る風の音だけが、余韻のように私たちの間に響いていた。


 少しは生徒たちとの距離が縮まったかな……?


「それって先生の話?」


 一人の生徒が口を開いた。


「いや、私の友達の話なんだ」


「途中で『私は』とか言ってたじゃん」


「そんなことは言ってないが?」


 言ったかも知れないな。やばっ!


「思いっきり言ってましたよ?」


「言ってないが?」


 もう言い張るしかない。


 生徒たちはにわかにニヤニヤし出した。 


「先生、黒の世代なのかぁ――!?」


「私の話じゃないッ!」


「バレバレの嘘は止めて下さーい!」


 くっそ、おまえら!


「「「「「「「「「「「ハハハハハハハハハ!!」」」」」」」」」」」


 思いっきり笑われてる! こんな、かけ算もできない生徒たちに笑いものにされてるっ!


 あのさあ、話が違くない? 私が学生の頃はさあ、こんなんじゃなかったんですけど? 先生先生って言って、キャッキャキャッキャしてたんですけど? かわいいのが生徒でしょうが?


「キミたちッ! 先生を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!」


 私は声を荒げた。


「「「「「「「「「「「ハハハハハハハハハ!!」」」」」」」」」」」


「笑ってるんじゃないッ! 敬意を払いたまえ敬意を! 私はキミたちの目標の魔道士だぞッ! もっとあこがれたらどうなんだ!? おかしいだろそんなの!」


「「「「「「「「「「「ハハハハハハハハハ!!」」」」」」」」」」」


 笑い声は止まらない。一人の生徒は笑いすぎて空気椅子を崩してしまい、いばらの上に尻餅をついて悲鳴を上げた。その様子を見てまた笑い声が起こる。


「~~~~~~~ッッ!」


 私が歯ぎしりしていると、ウルミが立ち上がった。


 木剣を手に取って、ゆっくりと歩き出した。


「ここじゃあ力が全てよォ~~。敬意を払うのも払われるのも、全部力さァ……」


 言いながら間合いを詰めてくる。


「出してみろよ……」


 ウルミは口元に牙をのぞかせる。


 出す? 何のことだ?


「本気ィ、出してみろよォ……。オレに勝ったら、敬意払ってやるぜェ……」


 木剣をびゅうんと振り回し、切っ先を私に向けた。


 挑発ッ……!


 こいつッ、先生を挑発してくるか!


 私に選択の余地はなかった。


 この予備校で生徒に言うことを聞かせるには、力を示してやるしかないらしい。


 筋肉第一主義の連中と語り合うには、言葉以外の言語が必要なのだ。


 それが、闘いッ……!


「いいだろう。実演してあげるよ。魔道士の戦い方をね……」


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