第7話 5×5=55

「えーっとそれじゃ、自己紹介から始める。私の名前はチエリー・ヴァニライズ。魔道士だ。今日からこの予備校で先生をやることになった。みんなと一緒に勉強していきたい……」


 などとありきたりな挨拶を言ってるが、落ち着かない。


 私の話を聞く生徒たちの様子が、超体育会系なのだ。


「「「~~~~!」」」 


 生徒たちは全員、回廊の石壁に背中を預け、空気椅子をしている。


 しかも今度はスカートを脱いだ半裸状態で、お尻の真下にいばらを敷き詰めてる。


 空気椅子に力尽きたら全治一週間は確実だ。


「ううっ……! ぐすっ……!」


 花カチューシャの子はすでに泣いてるし。


 これで自分からやってるんだから、ホント好きだね。


「なあ、みんな。もっとくつろいで聞いてくれていいんだよ?」


 私はたまらず言った。


「「「~~~~!」」」 


 生徒たちは無視。踏ん張った表情で私を見つめるのみだ。


「ぼーっと聞いてンのはもったいなくねェかい……? 筋肉があくびしてるぜぇ……」


 ウルミはというと、空気椅子しながら両手にクルミを握ってごりごりやってる。とことん武闘派なんだね……。


「ところで、生徒はこれで全員かい? 私は四十人いるって聞いてきたんだが……」


 私は辺りを見回した。


 回廊で空気椅子しているのは、ウルミとシバリンを含めて十二人しかいなかった。他の生徒は?


「他の子たちは予備校に来なくなったの。授業について来れなくなったみたい」


 シバリンがさみしそうに言った。


 それはそうでしょうね……。いばら筋トレについてくるほうがどうかしてる。 


 などと思いながら私は、シバリンの視線を追った。


 シバリンは回廊に立ててある黒板を見ていた。


 そこには一日の時間割が貼ってあった。


『朝礼 座学 体育 体育 体育 昼休み 体育 体育 体育』


 時間割、ほぼ体育しかねぇー。


 ほとんど格闘家用のスケジュールじゃん。この子たち絶対魔道士を勘違いしてるよ。


 しかも黒板には、かけ算九九の勉強をしている形跡が見て取れた。


 2×5=50


 5×5=55


 とか書いてあるし。


 怒ったように線を引いて、かけ算を諦めた形跡があるし。


 筋肉偏重にも程があるぞ。


 魔力と攻撃力の計算をするから、魔道士には知能が必要なんですけど?


「えー。まあ、なんとなく分かった。きみたちに教えるべきこととか、授業の方針とかね」


「「「~~~~!」」」 


 生徒たちは無言で踏ん張ってる。


 とりあえずは彼女たちの興味を引きそうな掴みの話から始めることにした。


「えーと、魔道士とはなんぞやってところから始める。魔道士とは魔法が使えるレア職業だ。人間は魔力を持っていないので、余所から魔力をもらう必要がある」


 そして私は胸元のチョーカーを手に取り、透き通った石を皆に見せる。


「これが魔力の源、精霊石だ。精霊石の向こうに住む精霊さんたちに魔力を恵んでもらうことで、私たちは魔法を使えるようになる」


「おお~!」「あれが精霊石!」「すごいですわッ!」「初めて見た!」


 生徒たちの興味を引けたようだ。掴みはバッチリだ。


「しかーし、この精霊石はレアアイテムなので、誰でも持てるわけじゃない。国立魔法学園での修行が必要だ。そのためにはまず、入学試験をくぐる必要がある。きみたちはこの予備校で受験勉強をしていると聞いていたが……」


 そこで一呼吸置いて、皆をさらに引きつけてから続ける。


「筋肉第一はよくない」


「「「「何いッ!」」」」


 あっ、まずい。反感を買ってしまった。


「あっ、いや、一般的にそうなんだ。せめてこの時間割、座学を増やして体育を減らした方がいい。かけ算も間違ってるし……」


「オレの作った時間割に文句があるってかァ……。オレより弱いくせに、たいしたもんだ……」


 ウルミが凄んできた。こいつオレッ子だったのかい。


「いや、入学試験にはそこまで筋力は必要ないんだ」


 私がうろたえながら釈明していると、生徒たちが口々に文句を言い出した。


「信用出来ませんッ!」


「そうだそうだ!」


「座学の方が教えるの楽だからそんなこと言ってるんですわ!」


「先生は適当に授業やってればお給料もらえるんだろ? こっちは人生賭けてるんだ! ほっといてもらおうッ!」


 ええ~~……。


 反発が強い。


 この子たちはなぜか、先生・・という人種に不信感があるようだ。何かトラブルがあったのかな?


 うーむ……。


「よし、じゃあ話を変える。私の身の上話を聞いてくれないかい……」


 私は静かに言った。生徒たちとの距離を縮めるためのトークをしようと思ったのだ。


 どこの誰かも分からない先生に、頭ごなしに「君たちは間違ってる」とか言われたら、誰だって気分はよくないだろう。


 せめて、私が何者なのかを伝えてみたいと思った。 


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