第6話 おっぱいが見えることはなかったが

「この予備校は昔、修道院だったの。中庭を使って青空教室をしてるの。昔の修道女みたいにね」


 言いながら、シバリンは歩いて行く。


 予備校は確かに、修道院らしき石造りの建物で、鐘楼も見えた。私が閉じ込められていた倉庫は、建物の裏手にあったらしい。 


 回廊を抜けて中庭に出た。


 えっ…………?


 異様な光景が広がっていた。


 中庭に豪奢なソファーが置かれ、ウルミが座っていた。


 ウルミは深々と、半分寝ているような姿勢で座り、頬杖をつき、足を組み、監督者のごとき視線を前に向けている。


「「「「「「「56! 57! 58! 59!」」」」」」」


 そのウルミの前で10人ほどの少女たちが整列し、腕立て伏せをしながら、数字を数えている。


 おかしなことに、全員上半身が裸だった。一応下着だけは着けているのでおっぱいが見えることはなかったが、なぜか全員半裸だった。


 なんでなんで? どういうこと……?


 その理由はすぐに分かった。


 彼女たちの身体の下に、鋭いトゲのあるいばらが敷き詰めてある。


 彼女たちは、いばらの上で拷問めいた腕立て伏せをしているのだ。


 力尽きて突っ伏せば、むき出しの肌にいばらが突き刺さってしまうに違いない。


「ううっ! ぐすっ……!」


 いまにも崩れそうになっている子もいた。花のカチューシャをした子が、腕をプルプルさせながら泣いている。


「声が小せェ―――――――ッ!」 


 ウルミが木剣を振り上げ、ソファーをぶっ叩いた。


 バシ―――ン!


 生徒たちはびくっとなり、声に必死で力を込める。


「「「「「「「60ゥ!! 61ィ! 62ィ! 63ッ!」」」」」」」


 カウント的に腕立てを60回以上やってるらしい。私でもできないぞ、こんなの。


 私はたまらず足を踏み出した。


「貴様ッ! どういうつもりだ! 同級生を拷問しているのかッ!」


 ずんずんと歩み寄り、ウルミを指差しながら糾弾する。


「あんまりぬるいんでねェ……」


 ウルミはゆっくりと顔を上げた。


「ぬるい? 何がだ?」


「予備校の授業さァ……。ぬるくてぬるくてあくびが出る……。だから、あくびが出ねェように仕立て直したのさ……」 


「これが授業だって言うのか? 泣いてる子もいるぞ!」


「泣かずに身につくことなんて、あンのか……?」  


「貴様ッッ!!」


 私はウルミの胸ぐらに手を伸ばした。


「待って下さいッ! 私たちはウルミさんの指導に感謝していますわッ!」


 誰かが声を上げた。


 振り返ると、泣きながら腕立てをしていた花のカチューシャの子が言っていた。


 え、意外。無理矢理やらされてたんじゃないの?


 別の子も声を上げた。


「そうです! 邪魔しないで下さいッ! 私たちは本気で魔道士を目指してるんです!」


「私たちの本気を邪魔する先生なんかいらないっ!」


「そうだそうだ!」


 えええぇぇ。そういうことなの? 本気で魔道士を目指すためのトレーニングがこれなの? 魔道士は後衛職だし、遠距離から投擲魔法ぶん投げるのが仕事だから、こんな筋トレ必要ないんだけど?


 魔道士じゃなくて格闘家の授業じゃないのかな? ムキムキにはなれそうだけど、いろいろ勘違いしてるのでは?


「だいたいあんた、ウルミさんに負けたそうじゃないか!」


「そんな弱い先生なんかいらない!」


「そうだそうだ!」


「先生、たんこぶの調子はどうですかァ~~?」


「「「「ハハハハハハハ!」」」」


 うわぁ、やだこの空気~~。生徒全員が私の敵なのぉ……?


「みんな、静粛にするの~! 先生の話はちゃんと聞かないとダメなの」


 シバリンが声を上げた。


「「「「「「…………」」」」」」


 その一声で生徒たちは静まりかえる。


 若干シバリンは私の味方寄りなのかな?


「また先生に逃げられたら困るから、バカにしちゃダメなの。授業をやらせてあげようよ」


 そういう理屈ですか。この子も先生に辛く当たるのね……。


 と思ったら、シバリンは私だけに見えるように、小さくウインクして見せた。


 ん……?


 ひょっとしてこの子はやっぱり私の味方?


「じゃあ、先生。授業をお願いするの」


 そう言ってシバリンは微笑んだ。


 どうやらこの子は、荒くれ生徒たちとの間を取り持つ鍵になってくれそうな予感がした。




『小さな協力者:魔力:+1』


 精霊さんがコメントを投げてきた。


『チエリー・ヴァニライズ

 魔力:351』


 私の魔力が350から351へと上昇した。


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