第5話★二人目の獣人女子

(シバリンのイラスト)

https://kakuyomu.jp/users/fuwafuwaso/news/16817330650870997304



 キイイイイ……。


 鍵をなくしたドアは勝手に開いていく。


 外は石造りの部屋だった。麦や芋の入った袋や、野菜が入った木箱が積まれている。食糧倉庫みたいだった。  


 私は食糧倉庫に繋がる小部屋に閉じ込められていたのだ。 


 そっと回りこんで、今自分が入っていた小部屋の扉を確認する。


 扉の表札には下手くそな字で、


『死刑囚』


 と書いてあった。


 おいおいおいいい……。私、死刑になるようなこと何かしたかな?


 楽しい教師生活を想像してたのに、いきなり死刑ってひどいじゃないか。




 倉庫からの出口はすぐに分かった。


 地上へと続く階段が見える。そちらには扉もないらしく、外の陽光が差していて、まぶしい。


 パチ、パチ、パチ……。


 物憂げな拍手が聞こえた。


 階段に腰を下ろした人影があった。先程私を襲ってきた狼耳少女だった。


「よおォ……」


 荒くれ狼耳少女は愉快そうに笑みを浮かべる。


「貴様ッ! どういうつもりだ! 先生を襲うとは何事だ! それに死刑囚ってなんだッ!」


「知りてェな……」


 何を? 知りたいのはこっちなんだが?


「今、どうやって出てきたんだァ……?」


「魔法で扉を吹っ飛ばしたんだよ」


「ほおゥ……。使い手ってことかァ……? あんたァ、強いンだな……」


 態度は荒くれだけど、小柄で可愛いし、声も可愛いし、なんだこいつ。


「そうさ。私は強いよ」


 魔道士は最強のレア職業。魔力不足とは言っても、一般人とは天地の開きがある。


「じゃあ……。さっきのは何かの間違いってことかいィ……」


「だろうね」


「そうかい……」


「ああ」


「そうかよ……」


「うん」


「たまんねえなァ……」


 少女は木剣を片手にゆらりと立ち上がる。


 狼耳とボサボサ髪のシルエット――。


 その向こうの景色がぐにゃりとゆがんで見えた。その迫力に一瞬動揺したが、よく見たら外がだいぶ暑いから、階段に陽炎が出ていただけだった。


 舐められてたまるか。


 私は自分の眼前にも陽炎を出しそうな勢いで、ギッ! と狼耳少女を睨み付けた。




 私と狼耳少女が視線に火花を散らしていると――。


「ウルミちゃん、待つのです!」


 階段の上から、緋色の制服を着た生徒が駆け下りてきた。


 黒髪に、黒い犬耳を持つ少女だった。


「シバリンか……。邪魔ァすんなら、おめェから先に殺ってもいいんだぜェ……」


 ウルミと呼ばれた狼耳少女は、よこしまに笑った。


「~~~~~~~ッッ!!!」


 シバリンという黒い犬耳少女は頬を上気させた。


 たまらなくおいしいものでも食べたような顔で身震いして、言う。


「へぇ……。ウルミちゃん、シバリンとりたいンだ……?」


 シバリンは妖しい笑みをのぞかせた。


「何ィ……?」


「シバリンとりたいンでしょ……?」


「ぬかせィ……」


「怖いの?」


 そのセリフに、狼耳のウルミは表情をこわばらせる。


「何つった……?」


「シバリン相手は、怖いの?」


「…………」


「…………」


 二人の間に緊張が走る。


 既にお互いの間合いに入っている。


 今にも戦いの火蓋が切って落とされそうで、背後の陽炎もひとしおに揺れていたが、私は心の中でツッコミを入れていた。


 何なんだこいつら。どういう世界観なんだよ。独特のノリを持ってるな。


 今一番話をしたいのは私なんだから、後回しにしてくれないかな……?


 半ば呆れながらやりとりを見ていると――。


「ちッ……。興が冷めちまった。おめェに預けるよ……」


 ウルミは生あくびをして、木剣を片手に階段を上がっていた。


「……」


「……」


 へんてこな沈黙の後、シバリンは尻尾を振って階段を降りてきた。


 尻尾は黒くてふさふさしてた。シバリンも獣人ライカンの血筋なのだ。


「さ、先生。授業をお願いするの」


「なぁ? どうなってるんだ? なんで私、死刑囚なんだ?」


「ウルミちゃんは本気で魔道士になりたいの。他の生徒もみんなそうなの」


「それはそうだろうなぁ。予備校に来るくらいだし」


「みんな本気だから、許せないの」


「何がだい?」


「生徒より弱い先生って、必要かな……?」


 シバリンはにいっと笑った。口元に牙がのぞいた。


「弱い先生は死刑になるってことかい?」


「弱いくせに教壇でふんぞり返ってる先生が許せない。私たちの本気を邪魔するような先生はいらない。……」


 シバリンの声には怒気があった。何かの曰くがありそうだった。


「あんなことって……?」


 その問いかけの返答はなかった。


「ともかく、ウルミちゃんに負けるような先生はいらないの。あなたは合格。気絶したけど魔法で抜け出してきたから合格」


「そいつはどうも……」


「授業をやらせてあげるの。実技はウルミちゃんに教わるのが一番だけど、座学はウルミちゃんじゃ難しいから、座学を担当させてあげる」


 へえー……。


 って、なんかキミ、さっきからめちゃくちゃ失礼じゃないかね? 授業をやらせてあげるとかさあ。授業は拝聴するもんだろうが。ありがたく聞かせていただくもんだろうが。敬意がないよ敬意が。


 何か文句を言おうと思って口を開いたが、たんこぶがズキン! と響いたのでやめておいた。


 今回の仕事は生徒の更生っていうややこしい問題だ。


 仕事のとっかかりが掴めるまで、少し大人しくしながら、事態を探ることにしようかな。


 せっかく受付嬢がくれた貴重な仕事だしね。


「わかったよ、座学をやらせてもらうよ」


「じゃあ、教室に案内するの。先生の授業、楽しみにしてるの」


 シバリンは笑顔でターンをして、階段を上がっていった。


 そう言う笑顔を見ると、普通の女の子みたいなんだがなぁ……。


 これで荒くれなんだよね。


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