第3話★先生になろう

(狼耳少女のイラスト)

https://kakuyomu.jp/users/fuwafuwaso/news/16817330650870894048



 数日後――。


 ギルド追放から気持ちを切り替えて、私は前向きな思いで森の中を歩いていた。


 木の葉が幾重にも重なり、光もあまり差さず、うっそうとした景色が続いている。


 この森にある、『魔法予備校』が私の目的地だった。


 うーむ……。


 考えれば考えるほど、受付嬢はすばらしい依頼を紹介してくれたものだ。


 依頼書の内容はこんなの。




『求む! 魔道士!

 魔法予備校で先生を務めるお仕事です。

 14~15才の女子生徒が四十人、あなたを待っています!

 必要資格:魔道士免許。

 期間:生徒たちの教育が終わるまで。

 報酬:日給20000ゴールド』




 この国で魔道士になるためには公的機関である『国立魔法学園』への入学が必要だ。


 しかし入学試験が難関なので、そのための勉強を教える私塾がある。『魔法予備校』はそうした私塾の一つだった。


 つまり私は、受験勉強を教える先生になるのだ。


 先生なら魔力が少なくとも問題はない。


 それよりも経験と知識がものを言う。


 私には冒険者としての経験もあるし、知識もある。


 現場で磨いたすばらしい指導が出来るに違いない。


(私が先生かぁ……。そんな日が来るとはなぁ……)


 私はもう遠い目。


 自分がただの村娘だったときのことを思い出す。


 当時私はちょっとした理由で村で孤立して、友達もおらず、空想ばかりして過ごしていた。


 そんな私の前に現れたのが、ギルドの冒険者だ。


 冒険者は教えてくれた。


 空想とか妄想とか、心の力が武器になる仕事があるというのだ。


 それが魔道士。


 心の力と精霊の魔力を練り上げて、魔法を生み出す職業。


 行き場をなくしていた私は、藁にもすがる思いで魔道士を目指すことになった。


(あこがれたなぁ……)


 魔道士を養成する国立魔法学園に入って、修行を積んだ。


 何人もの先生に教わった。


 先生たちは全員が魔道士だ。自分の目標であり、夢を叶えた存在だから、ものすごく輝いて見えた。


 先生の言葉は一言も漏らさず聞こうとして必死になったし、先生のファンクラブ的なものを作ってキャッキャやっていたこともある。生徒たちは皆、あこがれの中で暮らしていた。


(ひょっとして、ああいう目に私が遭うのかな……?) 


 私はまだ見ぬ生徒たちを思い、ニヨニヨしてしまう。


 ふふふっ……。


 どのようなおもてなしを受けるのかと考えると、頬が勝手にニヤけてしまう。


(先生! お待ちしていました!)(先生!)(先生!)(((先生~~!!)))

(先生サイン下さい!)(私にも下さい!)(握手して下さい!)(私とも握手して下さい!)(私が先ですっ!)(私が私が!)(((キャーキャー!)))


 おいおい、そんなに焦らなくても順番に握手してあげるよ?


(いいえ、一刻も早く握手してもらって、少しでも多くの先生成分をいただきたいのです!)


 まったく困った奴らだな、ハハハハ。


(先生はいったいどうしてそのようにお美しいのですか?)


 いや、よくわからないな……。美しいなんて言われたことないしなぁ……。


(謙遜してらっしゃるわ!)(なんて奥ゆかしい!)(((キャア~~!)))


(先生、私にはお風呂の残り湯を下さい! 先生の美の魔力を受けたいのです!)


 困った生徒たちだ……。私はみんなを平等に愛しているからね……。


 ガサガサッ……!


 長い妄想をしていると、茂みをかき分ける音に気がついて、私は正気に返った。


 振り返る。


 そこには、魔法予備校の緋色の制服を着た少女がいた。


「よおォ……」


 その不躾な挨拶は、少女の口から出た。


「あんたァ、先生だろォ……?」


 少女は敬意の欠片もない視線で私を見て、荒くれ者みたいな粗野な口の利き方をしている。


 えっ、えっ、どういうこと?


 私は年端もいかぬ少女に荒くれ態度を向けられて、動揺してしまう。


 少女の姿を二度見三度見する。


 小柄で顔立ちも可愛いのに、やたら野性味がある。


 櫛を通していないようなボサボサの長髪をしていて、髪からは狼耳が突き出している。獣人ライカンの末裔のようだ。腰のあたりにはふさふさした尻尾も見える。


 しかし着ている制服は確かに魔法予備校のものなので、私が教えにきた生徒に間違いない。


「ずっと尾行つけてたんだけどよォ……。気付くの、遅かったなァ……」


 可愛い声に不釣り合いな荒くれセリフを吐く。


 尾行つけてた? どういうことだ?


 少女の口からは棒がのぞいていて、棒キャンディーをくわえながらしゃべっているようだった。


 何か知らんけどめちゃくちゃ失礼なヤツだ。


「知りてェな……」


 何を?


「あんたが歩きながら、何をニヤニヤしてたのか、知りてェな……」


 どうやら生徒に歓迎される妄想でニヤニヤしてたところを見られていたようだった。


 私はカアアアッと顔が熱くなるのを感じた。


「それはきみには関係のないことだッ!」


 私は切り捨てるように言った。


「そうかい……」


「ああ」


「そうかよ……」


「うん」


「まあいい、そろそろ潮時だァ……」


 潮時? 何の?


ろうぜ――」


 少女は目をバキバキに輝かせ、嬉しそうに私を見つめる。


 そして背中に手を回すと、すらりと木剣を引き抜いた。


 ええっ、ちょっと待って何この子!? 先生を襲いに来たの!?


 生徒たちに歓待を受けると思っていた私は、違う方向からの歓待に軽くパニックになってしまう。


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