第2話 投げ魔力とは?

 受付嬢が渡してくれた依頼書は、「魔法予備校の先生」を募集しているというものだった。


 実戦じゃないから魔力はいらないし、確かに報酬も高めだった。終わりかけの魔道士の私には、うってつけの依頼と言える。


 依頼書には、紹介状らしき封筒もついていた。


「でも……。先生なんて私にできるかなあ。人に教えるとかやったことないんだ」


 私は依頼書を見つめながら言った。


「できますよお、チエリーさんは優しいから向いてます」


 受付嬢は微笑む。


「優しいか? 私が?」


 自分の生活に汲々としていて、人に優しくする余裕なんかなかったような気がするが。


「ほら、私が受付嬢になったばっかりの頃、チエリーさんに助けてもらったじゃないですか」


「なんだっけ? そんなのあった?」


「ありましたよお。掲示板のことで」


「ああっ、掲示板!」


 私は思い出した。


「そう、掲示板です! あはははっ!」


 受付嬢はお腹を抱えて笑い出した。


「そういえばあったなあ……! ギルドに行ったらきみが泣いてて。マスターにめちゃくちゃ怒られてて……はははっ!」


 当時の光景を思い出すと、私も笑いがこみ上げる。 


「そうですそうです、泣いてました! お使い失敗しちゃって! あはははは!」


「掲示板の画鋲を買って来いって言われたんだよな」


「そう! それを間違えて掲示板買ってきちゃって」


「あははははっ! でっかい掲示板背負って泣いてたっけ」


「新人だからよくわかんなかったんですよお。掲示板増やすのかと思っちゃって」


「マスター青筋立てて怒鳴ってたな」


「でも、チエリーさんが仲裁してくれて助かりました。もうちょっとでクビになるところでした」


「まあ――。そんなこともあったなあ……」


「他にもいろいろと助けてもらってますから。チエリーさんが忘れてるだけで」


「そっか。私もまあ、役に立ってることはあるんだな」


 ギルド追放になったばかりで自己評価がどん底だったので、ちょっと救われた思いだった。


「チエリーさんはできる人です。田舎の予備校で羽伸ばしてくればいいんです。そしたらきっと、魔力も戻りますよ」


「そうだといいな……」


 私はなじみの受付嬢とハグを交わした。


 そして、手を振りながら別れた。




 この世界の人間は魔力を持っていない。


 だから、魔法を使うには魔力を外部から取り入れる必要がある。


 そのための仕組みが、精霊石というアイテムだ。


 我々魔道士は全員、精霊石の付いたチョーカーを首から下げている。


 精霊石の向こうは精霊界に繋がっており、数多の精霊たちが石を通じてこちらを見ている。


 精霊たちは我々を見て、何か気に入ったことがあると魔力を恵んでくれる。


 その仕組みを、我々は「投げ魔力スパチャリオン」と称している。 


 道化師が投げ銭で生活しているように、魔道士は投げ魔力で生活しているのだ。


 精霊に好かれれば、たくさんの投げ魔力がもらえて強力な魔法が使えるが、そうでもなければ投げ魔力はもらえない。


 私のように、魔力欠乏で引退ギリギリの魔道士となる。 


 精霊の評価基準はよく分からない。


 私も魔道士デビューしたての頃は、まあまあの投げ魔力がもらえたものだった。


 だが、最近はあまり投げ魔力はもらえなくなった。


 飽きられたのか、嫌われたのか。


 理由はよく分からない。


 でも今――。


 こうして王都の雑踏を行く私の瞳には、精霊からのメッセージが降ってくる。




『新たな旅立ち:魔力:+1』


 


 どういう意味だろう?


 祝福だろうか?


 先程も、『イイネ:魔力:+1』という投げ魔力をもらった。


 ギルド追放はろくでもない出来事だったが――。その後の受付嬢とのやりとりを、精霊は評価してくれてるらしい。


 同情か?


 あるいは共感か? 応援なのか?


 精霊のメッセージはいつも短くて真意をはかりかねる。


 でも少なくとも、幸先は悪くなさそうだと思った。




『チエリー・ヴァニライズ

 魔力:472』


 魔力が471から472へと上昇した。


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