エピソード1 魔法予備校の狼少女
第1話★ギルドマスターの豹変
(表紙とチエリーさんのイラスト)
https://kakuyomu.jp/users/fuwafuwaso/news/16817330650870799987
ついにお払い箱になるときがやって来た。
私の名はチエリー・ヴァニライズ(20才、女)。才能はないけどコツコツやってきた魔道士だ。
それなりに依頼もこなしたり、人助けもしたし、よりよき明日を見つめてがんばってきたと思う。
だがその日――。
「久しぶりだねえ、チエリーさん! こいつは最近流行のチーズパンだ。食べてくれっ」
半年ぶりに会うギルドマスターはにこやかだった。
カウンターの上に籠盛りのチーズパンを出して、ずずっと差し出してくる。
「これ並ばないと買えないやつだよな、ありがとう。一度食べてみたいと思ってたんだぁー」
私はにこにこで受け取って さっそく頬張った。
もぐもぐ……。
うま!
地方に行くと煉瓦みたいに固いパンが出てくることも多いのだが、このパンはめちゃくちゃ柔らかい上に、チーズの存在感がすごい。これは流行するのも分かるな、と思った。
「いやーチエリーさんの食べっぷりは華がある。名画の貴婦人のような趣があるね。ここに画家がいたら慌ててスケッチ始めるんじゃないかな?」
何お世辞言ってんだ……。
とは思いつつ、まんざらでもない。
この人、商人あがりなので接待がうまいんだよね。
このチーズパンもお得意様用に用意してたのかな?
私はチーズパンをもぐもぐしながら尋ねた。
「なんかマスターが私のこと探してるって聞いて来たんだが……。用事なの?」
「そうそう。実はチエリーさんに手紙を預かってるんだ」
ギルドマスターは書類箱を引っかき回して手紙をつまみ上げた。
私は手紙を受け取って、裏の署名を見た。
「これ、大家さんからじゃねーか」
「大家さん?」
「私の下宿の大家さんだよ。だいたい書いてあることも想像出来る」
封を破り、手紙を開いた。中身は私の想像通り。
『チエリー・ヴァニライズさんへ。
家賃をもう6ヶ月も払ってもらっていません。
このままだと退去してもらいますよ。
こそこそしてないで出てらっしゃい。
大家 マーサ・ハウスより』
「まいった~」
私は手紙を放り出し、両手で顔を覆って途方に暮れた。
「どれどれ……って、何だこれ、はははっ。チエリーさん家賃滞納してるのか」
ギルドマスターは勝手に手紙を読んで笑ってる。
「最近稼ぎが少ないもんでさあ、払えないんだよ。大家さんが取り立てに来ると、ずっと居留守使ってた。大家さんを探知する魔法を使って、回避し続けてた――」
「ええー。それ魔物に使うやつじゃないの? そんな悪いことに使ってもいいの?」
「よくないけどさ、金がないんだからしょうがない。くっそ、ついに職場に取り立てに来るようになったか」
「金がないってどういうこと? 気になるんだけど……。何かあったの?」
「魔力がね、欠乏状態なんだよ。ここんとこずっとそうなんだ」
私は自分のステータスを眺める。
瞳の中に金糸のような光が走り、自分だけが見える情報が現れる。
『チエリー・ヴァニライズ
魔力:470』
「今のこの魔力だと……。騎士一人ぶんくらいの戦力しかないな」
ため息がちに打ち明けた。
「えっ、マジで!? いつの間にそんな弱くなったの……!?」
ギルドマスターは驚いている。
魔道士はレア中のレア職業。この世界で唯一の魔法職だ。
投擲魔法で攻城兵器みたいな破壊力を出せるので、一人で騎士100人ぶんの戦力があるのは当たり前。最低レベルでも騎士10人分くらいの力はある。
騎士一人ぶんにしかならない私は、魔道士の意味がないくらい弱い。
世界最強のレア職業が聞いて泣ける……。
「魔力が下がる一方なんだよね。いまはもう引退ギリギリでしがみついてるようなもんだよ」
「ええ~。そいつは知らなかった……。ていうか、そんな貴重な魔力を大家さんの探知に使ってたのか」
「うん……」
私は叱られた犬の顔をしてうつむいた。
「なんか変だとは思ってたんだよなあ……。チエリーさんの最近の仕事歴……」
ギルドマスターは帳簿をめくり、私が受注した仕事のリストを眺めてる。
『下水道のスライム討伐。下水道のスライム討伐。下水道のスライム討伐。薬草採集。飼い犬の捜索。下水道のスライム討伐……』
「――まるで駆け出しの冒険者みたいだな?」
「そうなんだよ、ヤバいんだよ……。一日5000ゴールドも稼げねえ。このままじゃ引退になっちゃうよ」
「なるほど……。なるほど……。ということは……」
ギルドマスターは少し考え込んだ。この人は多くの冒険者と交流してるので、たまに有益なアドバイスをくれることがある。
今回も何かいいアドバイスをしてくれるのかな?
ギルドマスターは右手を差し出してきて、言った。
「そろそろ縁切りだな。チーズパン、返してもらっていい?」
その瞳は虚無だった。
「おいいいい、あんたまで私に辛く当たるのかよ!?」
「返せ、チーズパン」
ギルドマスターは私の手からチーズパンをひったくって、自分でむしゃむしゃ食べ始めた。
ええええええぇ……。うっそだろ?
「うちのギルドからは登録抹消しておくから。他を当たってくんな」
口元に食べかすをつけながら、めちゃくちゃ態度悪く言ってくる。
「え、何で? 何でそんなひどいこと言うんだ?」
「何でも糞もねェ。稼げねえヤツに用はねえんだよ。終わった冒険者に仕事回すなら、これから始まる冒険者に回すだろうが! そのほうが長く儲かるだろうが!」
「冗談だろ? あんまり笑えないんだけど……」
私はよく見知ったギルドマスターの豹変に、狼狽してしまう。
冗談だよ、って言ってくれるよね……?
「うるせぇ! こっちは商売でやってんだ! 愛想も売り物なんだよ! あんたとはもう終わりだよッ!」
マジだった。
商人あがりの裏表すごいな……。
「…………」
私は精神的にダメージを受けて、ふらふらになりながらギルドを出て行った。
こんな目に遭ったの初めてだ。
いや昔も似たようなことあったか。
人の心は分からないもんだよなぁ……。
我知らず視界が涙でにじんでしまい、ごしごしと顔をこすった。
「待って下さい! チエリーさんッッ!」
往来の中を、顔なじみの受付嬢が追いかけてきた。
彼女は私の手を取って依頼書を握らせてきた。
「これっ! 持っていって下さいッ! すごくいい条件の依頼です。魔力がなくてもこなせるし、家賃なんか一発で払えるくらい報酬もいいです」
「あっ、ありがとう。いいのかい、こんなことして……?」
「いいんです! 私、チエリーさんには恩がありますから! このままお別れなんてできませんっ!」
彼女は私以上に涙を浮かべながら微笑んでいた。
受付嬢の言葉を受けて、私の視界には魔法の光が走る。
瞳の中に精霊からのメッセージが浮かび上がる。
『イイネ:魔力:+1』
そしてステータスが書き換わった。
『チエリー・ヴァニライズ
魔力:471』
魔力が470から471へと上昇した。
††† あとがき †††††††††††††††††††
ここまで読んでくれてありがとう。
私の話がちょっとでも気になったら――。
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