第7章-6 蝉時雨

 そして、次の日の朝。

 芽衣は本当に、僕たちの元から旅立っていった。


 研究所の人は敢えてその場を外していて。

 僕とお母さんと、機械をモニタリングしている秋山さんだけが、芽衣のベッドを囲んでいた。


 窓の外ではセミがやかましいぐらいに大合唱をしているのに、その音は聞こえているのに、でもなんだか、とても静かな気がして。

 芽衣は本当に、何事もなく眠っているかのようで……いや、実際に眠っているんだろう。夢を見ているといいなと思った。楽しい世界があるといいなと思った。


 笑っていよう、と思った。


 そう思うのに、まぶたの奥からは涙がいくらでも溢れて来た。


 涙が出るほど笑うことだってある。だから、笑いながら泣いてたっておかしくないはずだ。


 大好きな妹との、さよならする前の最後の約束だから、絶対に守らないといけないから。だから僕は泣いてなんかいない。笑ってるんだ。めちゃくちゃ笑ってるんだ。最高の夏休みだったから、これからもきっと同じように最高の日々が続いていくから、夢の世界なんてなくても淋しくなんてないから。

 そして、芽衣のことはみんな忘れないから。僕も、お母さんも、真理恵ちゃんも、オアシスちゃんも、秋山さんも、みんな芽衣のことをずっとずっと覚えているから。

 だから、芽衣のない世界で、これからも僕は、生きて行くから。

 ずっと笑いながら生きて行くから。


 楽しみすぎて今でも笑いが止まらないから。


 だからこんなに涙が止まらないんだ。


 秋山さんが言った。


「完全に、……機能を停止しました」

 感情を殺したように、敢えて選んだのであろうすごく事務的な言葉を吐いてから、急に震えるような声で言い直した。


「旅立ったよ」


 体中の力が抜けそうになって、それでも拳を握り締めて、僕は立っていたけど。


 お母さんが、僕の肩に触れて。

 芽衣の前で意地を張る必要のなくなった僕は……その場に崩れ落ちて、もう笑っていようとする必要もないから。


 思いっきり、泣いた。


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 少しあとに終章を投稿して、完結します。

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