第6章-1 不意
その日もいつも通りの朝の光景だった、と思う。
ラジオ体操から帰って来て、お母さんが朝食を作ってくれていて、日によってごはんだったり食パンだったりして、僕と芽衣とお母さんと三人で食べて、ごはんを食べたらお母さんが急いで会社に向かって。
一度は失われたけど、また取り戻して、そして明日も続いていくと思っていた――いつまで続くかは分からないと思っていたけど。
でも。
ごはんを食べ終わった僕が、「ごちそうさま」って言って席を立った後に、背後で、どん、とすごく大きな音がして。
視界がぐらぐらと揺れたのは、ニセモノの芽衣の体重がとても重かったからなのか、それとも自分の足が崩れ落ちたのか。
芽衣が転んだのかと思った。最初は怪我していないかなと思って、次にロボットだと思い出して、どこか破損したりしないかなとも思った。
だけどすぐに、様子が違うことに気付いた。
声を出さない芽衣。動いてはいる。痙攣するように手足が動く。明らかに異常な動き。そして、手を握ろうとした時、どこからか、ぴー、と人間から出るはずのない高い電子音が響いた。
「お、おかあさ……」
呼びかけようとすると、お母さんは呆然とした目でふらふらとコンセントのそばに向かっていた。
「救急車、救急車を呼ばないと」
充電していた携帯電話を取ろうとする。充電ケーブルが刺さったまま引っ張って、コンセントがぴんと引っ張って、間に置いてあったしょうゆ置きが倒れた。
「芽衣が……芽衣が……」
うわごとのように何度もそう言う。
僕は必死にお母さんに後ろから抱きついた。
「お母さん、しっかりして! ……救急車でいいの?」
僕がお母さんに言うと、我に返ったように言う。
「そうじゃない、違うわ、研究所に電話!」
不意だったけど、それは僕にとっても、お母さんにとっても、不測の事態ではなかったはずだった。だから本当は覚悟しているべきだったんだろう。
だけど、お母さんに抱きついたまま、僕は動けなくなっていた。
小学六年生にもなって正直恥ずかしい、と後からは思ったけど、あの時はただ、お母さんに抱きついていることしかできなかった。痩せて少し骨の感触があって硬いお母さんの体の奥で、どくんどくんと心臓が激しく脈打っているのを感じて、その緊張を感じるとともに、ああ、お母さんはまだちゃんと生きてる、と思った。
そこから先の時間が長かったのか短かったのか、自分でもよく分からない。
家の前にバンが止まって、担架に乗せた芽衣が運び込まれて、お母さんもそれに付き添って中に入って行った。
車に乗り込む時の段差で、お母さんの足取りが今にも転びそうに思えたことを、それだけはスローモーションのように覚えている。
バンが走り去った直後、今度は見覚えのある赤い車が家の前に走って来る。
「和広くん」
窓から秋山さんが顔を出して、「乗って」と短く言った。
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