第3章-3 オアシスちゃん
「お兄ちゃん、今日もまた友達が遊びに来るけどいい?」
「いいよ」
お昼ごはんの時間に芽衣から言われて、僕もいつも通りに頷いた。
今日はお母さんが準備してくれてたので、ごはんと味噌汁とオムレツがテーブルに並んでいる。ジャガイモとかタマネギと一緒に刻んだソーセージが入っているオムレツだ。スパニッシュオムレツだとお母さんが言っていた。
「真理恵ちゃんだよね?」
いつも遊びに来るから、いつしか僕も真理恵ちゃんと呼ぶのに慣れていた。
「いや、今日はオアシスちゃんも一緒」
「オアシスちゃん?」
「同じクラスの友達! よく遊んでたけどそう言えばうちに来るの初めてかも」
すぐに僕が答えないでいると、芽衣が更に付け足す。
「大丈夫、メルってことになってるよ」
お母さんが説明らしく、芽衣は知らない人には「いとこのメル」と名乗ることを受け入れている。
……どう説明したんだろ?
おかしいんじゃないかと疑問に思ってはいるんだけど、それを聞くとそもそも芽衣の正体の話になるので触れられずにいる。
「分かった」
だから、他の子と遊ぶことが不安であっても、ダメとは言えない。
オムレツの味が薄い気がして、ケチャップをもう一度追加でかけ直した。
食べ終わって食器を洗っている時に、玄関で笹谷さんの声がした。
「こんにちはー!」
その声に芽衣が「はーい!」って言いながら玄関に出て行って、しばらくしてからがやがやと話す声と廊下を歩く三人分の足音が戻ってくる。
芽衣と、真理恵ちゃんと、あと一人は初めて見る女の子。芽衣よりは少しだけ背が高い感じだろうか。ショートカットで、頭の上にヘアバンドでくくった小さな髪の束がある。
「……こんにちは。えっと、オアシスちゃん?」
さっき芽衣が言っていたあだ名を口にしてみる。
「佐原いずみって言います。にんべんに左に、原っぱに、あとは平仮名ですね」
「ああ、サハラの泉だからオアシスちゃん」
「……親もちょっとぐらい考えてくれればいいのに、って思いますよね」
そう口では言いながらも特に嫌がっているような感じもなく、ただ、ちょっと苦笑いするような感じでにこっと笑う。
「おかげで小さい頃から、どこに行ってもあだ名がオアシスです」
「そうだろうなぁ」
自分ももう、完全にオアシスちゃんで覚えてしまった。もしかすると気にしてたかな、と一瞬焦ってオアシスちゃんの顔を見る。オアシスちゃんは特に気にしてないという雰囲気で軽く口元を上げてから「お邪魔します」と丁寧に礼をした。
たぶん、名前だけじゃないんだろうな、と思った。
初対面の短い印象だけでも、なんとなく話していて落ち着くような雰囲気があって、そういうところも含めてのオアシスなんだろう。
芽衣と真理恵ちゃんはすたすたと、芽衣の部屋へと向かっていく。
オアシスちゃんは後を追おうとして、立ち止まると僕に向かって言った。
「メルさん、芽衣さんに本当にそっくりですね」
一瞬反応が遅れてから、彼女は笹谷さんと違い、芽衣のことを芽衣とは思っていないことを思い出す。そう、芽衣のいとこであるメル。
「……そっくりだね」
嘘をついているような口調にはならずに済んだと思う。
「お兄ちゃん、って呼び方もそっくりです」
唾を一度ごくりと飲み込んだ。
「いとこだしね、お兄ちゃんと呼ばれても不思議じゃないし……変な気持ちになるけど」
最後に付け足したのは少し演技も入っていたんだけど、特に嘘くさくは見えなかったらしい。
「……ですよね、すいません」
「まぁ、僕も妹みたいに思ってるし、オアシスちゃんも芽衣のように思ってくれれば」
全く言い訳にもなってない、と思った。
オアシスちゃんは一瞬だけ、眉を寄せるような様子を見せてから、ふわっと笑った。
「そうしますね」
ちょうどその時、なかなか帰って来ないのを気にしたのか、階段の方から芽衣の声がした。
「オアシスちゃん、どうしたのー?」
「あ、今行くー!」
そう言うと、廊下を早足で歩いて行く。
「おにいちゃんと何話してたの?」
「お手洗いの場所とか先に確かめてた」
「そんなの私に聞いてくれればいいのに!」
話し声が徐々に遠ざかって、代わりに階段を上がっていく音がした。
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