第3章-1 突然の来客
夏休みの宿題に、何故読書感想文が定番なんだろうと思うことがある。
小学一年の時から感想文は書かされてきたけど、絵日記とかもあるのに何故感想文まで書かないといけないのか、とずっと謎だった。
原稿用紙を出してしまうと、結局何を書いたのかあんまり覚えていない。
――それも今年で最後だ。いや、中学生も感想文ってあるんだっけ?
世の中には漫画とかで感想文を書く人もいるらしいけど、そこまで漫画が好きってわけでもないし別に本を読むのが嫌いなわけでもないので、図書館で借りてきた本を読んでいる。
……タイトルは魅力的だったし、表紙は漫画っぽくて面白そうな感じがしたけど、正直言って中身は思ったほど面白くないなぁ……。
集中力が切れて、本を伏せてテーブルに投げ出す。
この本で感想文を書くか、他の本を借りてくるか……。
そんなことを考えている時に。
玄関の呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、そこには知らない女の人が立っていた。
わりとすらっとした感じの、若い女の人。髪の毛を後ろにくくっていて、すごくお姉さんという感じがするけど、でも何故だか大人っぽいかと言われるとそういう感じでもなくて。
とっさに思った言葉は、うたのおねえさん。
「こんにちは!」
「こんにちは」
戸惑いを隠せないまま、取り敢えず挨拶をする。知らない人にドアを開けちゃダメだったかな、とかちらっと考える。
「芽衣ちゃん、いるかな」
軽い口調で言うお姉さん。
僕は思わず少し顔をしかめる。
「いません」
なるべく感情を出さないように言って、ドアを閉じようとする。
「あれ。和広くんだよね」
突然名前を言われて、目を見開いて、ドアの把手から手が離れる。
お姉さんは閉めかけたドアを、もう一度さっきと同じくらいの角度に戻した。
「お母さんから聞いてるよ。芽衣ちゃんのお兄ちゃんがいるって」
名刺を差し出した。確かにお母さんの研究所の名前が書いてある。秋山さん、と言うらしい。
「……本当かどうか分からないです」
「え、和広くんの方はお母さんからは何も聞いてない?」
僕がこくりと頷くと、秋山さんはわざとらしく嘆いた。
「あちゃー」
わざとらしく嘆く秋山さん。
「困ったな……」
ちょっと考えてから、「ま、いっか」と呟く。
「とにかく、よろしく」
一歩踏み出す秋山さんの行く手を遮る。
「何の用事ですか。……芽衣は事故で死にました」
「うわ。そこからか」
もう一度変な声を出す秋山さん。
「ごめんごめん。ちゃんと説明する。……えっと、私はお母さんと同じ研究所に勤めている秋山と言います。MAY-10Xの開発に携わってます」
MAY-10Xの名前が出てきて、僕は喉の奥で声を上げた。
その名前を知っているのは……お母さんの研究所の人だけのはずだ。
「分かってもらえた?」
こく、こくと頷く。
「で、お母さんに頼まれて、MAY-10Xの調子がどうなのか確認しに来たの」
にこっと笑う。
「……その名前で呼ばないでください」
僕が少し睨みつけると、はっとした顔をして、言い直した。
「芽衣ちゃんの具合を確認しに来たよ。一種のメンテナンスと思ってもらったらいいよ」
「メンテナンス、ですか」
表情は変えずに、確かめるように呟く。
僕の表情を見て、秋山さんはちょっと言い直した。
「……要するに、健康診断だと思って」
「健康診断ですか」
何故だかほっとしたような気がした。
「そういうわけで、お願いしてもいいかな」
「分かりました。……芽衣は二階の自分の部屋にいます」
「おっけー」
失礼します、と言いながら遠慮のない様子で、秋山さんは靴を玄関に脱ぎ捨てた。反対を向いたままの靴の向きを僕はさりげなく直す。
「こっちでいいのかな」
「あ、案内します」
階段の下まで先に歩くと、そこで秋山さんは僕を追い抜いて階段を上がっていく。
付いていこうとした僕に、秋山さんは振り向いた。
「いくら妹だからって女の子の着替えを見ちゃダメ」
「あ」
一瞬黙ってから赤面する。
「確かにそれもそうですよね、すす、すいません」
慌ててくるんと体を返した。
廊下を戻ろうとする僕の後ろで、とん、とん、とやや軽めの足音が響く。背中でそれを聞いた僕は、少し歩いてからきびすを返して、今度は足音を立てないようにそぉっと階段の下まで戻った。
気になる。
着替えの話じゃなくて……芽衣の調子が気になる。
「メンテナンス」という言葉にどきっとした。人間には使わない表現だから、芽衣は人間じゃないということを再認識するような気がして。
だけど行っちゃ駄目かなと思って、階段の前を二往復ぐらいして、結局そのままリビングに戻った。
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